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映画とゲームの境界線と可能性 ―― 企画・プロデュース 林健太郎


※この記事は、ゲームマーケット2022春に発売した、「INSIDE BLUE OFFICIAL BOOK」内のコンテンツ「映画とゲームの境界線と可能性」です。

記事単体でも購入できますが、マガジンでの購入がお買い得でおすすめです。

※記事内にはネタバレを含む部分がございます。

必ず、『POLARIS-02: インサイドブルー』をプレイしたうえでお読みください。




こんにちは。POLARISの林です。
この度は、POLARIS第2弾『インサイドブルー』を手にとって頂き、ありがとうございます。
今あなたがこの文章を読んでいるということは、今回さらに販売価格が上がった2作目、の特典付きセットを購入して頂いた上で、プレイもして頂き、この存在を思い出して読んで頂いている、コアな方々と存じます。
そんな皆さまのお陰で、POLARISは活動を続けられています。
本当にありがとうございます。

第二弾ということで、今回は『映画とゲームの境界線』について書こうと思います。
すみません、作品解説ではありません。
自分は普段映画の製作を行なっているのですが、並行してアナログゲームであるPOLARISの製作をする中で気づいたことなどをざっくばらんに記述していきます。
なので、作品内容についての解説をご所望の方はここで読むのをストップし【メイン制作者である鈴木、目黒対談】【デザイナー岡本による寄稿】などへ飛んで下さい。
では、ここまで読んでまだ生き残ってくれた貴方に向けて、林の脳内を残します。

ゲームを作るにあたり「ゲームデザインバイブル」という本を読んだ。
これがゲーム制作の真髄が描かれた(超絶分厚いが)面白い本で、それまで一切ゲームを作ったことのない自分に大きな助けになった。
そこにも書かれていた、ゲームづくりで一番大事なことは「体験の核」だという。
それはつまり、例えば某色塗りバトルゲームでいうところの“塗る”、大乱闘ゲームであるところの“ぶっ飛ばす”といった、プレイヤーがプレイした時に原始的に感じる体験のこと。
物語やキャラクターなど、作品をつくる上で重要な要素は沢山あるが、ゲームでまず大事なのは「体験」である、ということだ。
これは、映画製作を主軸に置いていた自分にとっては大きな気づきだった。
自分が映画を作る時、まず大事にするのはテーマだ。
なぜこのタイミングで作るのか、時代を超えても届く普遍的な内容なのか、その作家ならではの個性が反映されているのか。
時代性と普遍性と独自性、この3つが内包されたテーマかどうかを、最初に考える。
それをキャラクター、構成など内容面に落とし込む作業を行い、物語を構築していた。
映画づくりにルールは無いのでこれは自分のやり方だが、ゲームづくりにおける「体験」の視点から作ったことは無かったのだ。
新しいものづくりの文法を知ることはとても興味深く、この違いを活かした挑戦をしようと思った(後に今作『インサイドブルー制作』の時につまずくきっかけにもなる)。

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