#政権と検察の距離感(③検察権力)
内閣が東京高検検事長・黒川弘務の半年間定年延長した経緯
今回の要因となったのは、おそらく検事総長への出世レースである。第49回内閣総理大臣杯検事総長レースに参加しているのは、黒川弘務と同期の林真琴である。
官邸は黒川弘務の定年(2月7日)前に稲田伸夫検事総長が辞任し、黒川弘務が検事総長に就くシナリオを描いていた。だが、稲田伸夫が辞任を拒んだため、官邸は法解釈を変更して異例の黒川弘務東京高検検事長の定年延長に踏み切る。
2018年1月、当時の上川陽子法務大臣と省内の組織改編を巡って意見対立していた林真琴が、法務省刑事局長から名古屋高検検事長に転出した。
林真琴は2017年のテロ等準備罪の新設を柱とする改正組織犯罪処罰法成立に奔走し、官邸からの評価も高かった。一方で、法務省で次官、官房長を務めた黒川弘務の実務能力もまた評価され、菅義偉官房長官を筆頭に官邸の覚えはめでたく、2019年1月検察組織No.2である東京高検検事長に昇格した。
林真琴、黒川弘務のどちらかが検事総長に就くのは確実視されていたが、官邸は林真琴の名古屋転出によって、検事総長レースは黒川弘務に「勝負あり」としたが、法務・検察当局の想いは違った。
昨年末、法務・検察当局が官邸に上げた検事総長の後任人事案は、2020年2月に定年を迎える黒川弘務を退職させ、東京高検検事長の後任に林真琴が就くというものだった。これは林真琴が検事総長になる可能性を含むものだった。官邸がこの人事案を退けると、逆に法務省幹部は稲田伸夫に2020年2月に退任してもらい、黒川弘務に検事総長を譲るように打診した。
稲田伸夫検事総長はこれを拒み、2020年4月に開かれる予定だった第14回国連犯罪防止刑事司法会議を定年の「花道」にしたいとの意向を官邸に伝えた。(検事総長は2年交代が慣例で、2020年7月で2年となる稲田伸夫にとって、前倒しでの退任は「不完全燃焼」)
検事総長の定年は65歳、その他検察官の定年は63歳。稲田伸夫が退任しないと、2020年2月が定年の黒川弘務は検事総長に就くことができない。検察庁法には定年延長の規定がないため、法務省は「苦肉の策」として、「検察官は行政官である」ことをうまく利用して、国家公務員法の規定に基づいて黒川弘務の定年を半年延長させることを首相に示した。1月31日、政府は黒川弘務の定年延長を閣議決定した。
稲田伸夫検事総長の後任を巡る官邸と法務・検察当局のすれ違いが、政権を揺るがす事態へと発展した。
黒川弘務の定年延長の閣議決定は、野党の追及の的となった。なぜなら、人事院が1981年の国会で、「検察官に国家公務員の定年規定は適用されない」と答弁していたからだ。政府は「法解釈の変更」と説明したものの、答弁は二転三転した。
当の黒川弘務は、賭博罪に抵触する疑いのある賭け麻雀、各地の麻雀店が休業要請されている緊急事態宣言下に不要不急の(朝日新聞記者宅への)外出、検察の信頼を深く傷つけたことなど、何重にも問題がある。
卓を囲んでいた産経新聞記者2人、朝日新聞記者と黒川弘務という面子においても、世間は権力とメディアとの癒着の図式に多いに憤慨していよう。
黒川弘務は賭け麻雀の責任を取って5月22日に辞職した。おそらく後任の検事総長は林真琴となる見方が強い。
政府も新型コロナウイルス対策関連やこれからの感染症対策などポストコロナの世界について、深めるべき議論が山積している。駆け込み的な成立を目指した検察庁法改正案に時間を割くのではなく、今向き合わなければいけない課題についてしっかり吟味していただきたい。
参考記事(読売新聞オンラインより、https://www.yomiuri.co.jp/politics/20200523-OYT1T50026/)