試し書き1

 会社を出てから、誰かに後を着けられているのは分かっていた。
 裏路地で撒くつもりだったが、その判断は間違いだった。
 じりじりと詰めてくる距離。目深に被ったフードから零れるのは肩あたりまで伸ばされた髪。気配がおかしい。
「…兵…いえ、リヴァイさん…?」
「…お前…、エレンか?」
「驚いた。あなたにも記憶があるんですね」
 フードを外したかつての部下かニコリと笑った。懐かしい顔だと思った。アルミンやミカサにも断片的だが記憶があるとコンビニの前で話し込んで知った。
「相変わらず、紅茶がお好きなんですか?」
 そう言って差し出されたカップの紅茶を何の疑いもなく飲んでしまった。それが、始まりだった。
 そろそろ話を切り上げようと思った時、足と頭がぐらついた。最近の激務が響いたか、さっさと帰らないとまずいと言葉を切り出す。
「エレン、すまねぇ…、」
 そこで、リヴァイの意識は途切れた。
 アスファルトにたたきつけられる前に抱き留めたのは当然、エレンだ。
 しかし、その顔に浮かんでいたのは、突然倒れたことに対する驚愕でも焦りでも、ましてや心配でもなく誰の目にも明らかな歓喜の色だった。
「おやすみなさい、リヴァイさん」


「目が覚めましたか?よく眠っていましたね」
「…エレ…ン…っ!?」
 ぼんやりしていた頭が急に覚醒した。ここは何処だ。
 何故身動きがとれないのかはジャラリとなった手足の金属音が教えてくれた。
「良かった。…今のあなたに鎖を切るほどの力なんてないですよね。人類最強のままだったらどうしようかと思いました」
 笑いながら取り出したものを見て目を見開いた。
「…貴様、なんだそれは!?」
 エレンが手にしているのは明らかに注射器だ。ニコリと笑って、注射器を持っていない方の手でリヴァイの頬に触れてくる。
「リヴァイさん、俺とここで幸せになるだけですよ。俺はどんな貴方でも愛し抜く自信があります。…心配しないで」
  耳元に唇を寄せて囁いてくる。
「…今は…あの人もいない…」
 エレンの言葉が示す「あの人」が誰であるかはすぐに分かった。

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