other2

 まだ僅かに血を流す唇を指で拭ってやるとビクリと震えあがったのが分かった。怯えられているのは不本意だが、手を上げた以上仕方がない。だが、あれ以上、リヴァイが自分を卑下する言葉を聞きたくなかった。
 無理矢理連れ帰って、リヴァイを寝室に押し込む。本当は風呂で温まらせてやって甘い紅茶を淹れてやりたい、ほぅっと一息つく姿を見たい。あの、至福とも極上とも言える時間をもう一度やり直したい。
 しかし、今となっては遠い昔のように感じる。僅か三ヶ月前に、そこにあった光景。
「…何か食べるか?」
 …我ながら気が利かない。そう思った。答えないリヴァイを「答えろ」と言葉と手で揺さぶって、無理やり「いらない」と返答を聞き出す。
「紅茶もか?」
 首を横に振られた。
 少しでいいいから眠らせておきたい、起きてからなら、少しは冷静に話ができるだろう。ここ1ヶ月程、自分が時折服用していた睡眠薬を取り出した。カラカラと瓶を鳴らして錠剤を2錠取り出す。市販の、ごく軽いものだが、飲まないよりかは眠れるだろう。
「飲みなさい」
 水とともに差し出すが、リヴァイは首を横に振り、受け取ろうとしなかった。溜息をついてその薬を自分の口に放り込んだ。2つ3つに割れるようにかみ砕き、水と共にリヴァイに与える。
「…っ」
「…もう一口、水を飲んでおけ」
 言うが早いか、口に含んでそのままリヴァイの口を塞ぐ。飲み切れなかった水が、口の端を伝った。絡んでくる舌。首に絡む腕。泣きながら水を嚥下するリヴァイ。全てがスローモーションに感じた。
「…どうした。ん?」
「…エルヴィン……っ」
 ぐすぐすと泣くリヴァイの背を撫で、眠りが訪れるのを待つ。床に座り込んでいるのを、ベッドへ連れていってやらなければと頭の片隅でぼんやりと想うとはなしに、考える。
 着替えさせてもやらなければいけないし、ゆっくり風呂に浸からせてやりたい。やつれた身体が、いや、心身を回復させ、自分なしでは生きられないと自覚させ、刻み込んでやらなければならない。十分に愛し、甘えさせ、言いつけに背けば子供のように仕置き、親がいなければ生きる術を知らぬ子供のように。


「…。」
 酷く頭がボーッとしたが、目が覚めると隣にエルヴィンがいた。自分が着ているのは3サイズも大きいエルヴィンのガウン。酷く懐かしかった。何故か嬉しかった。エルヴィンの匂いがする。エルヴィンは風呂に入ったのかバスローブだ。もぞもぞとベッドから出ようとすると捕まった。
「俺も久しぶりに眠れたんだ。お前もまだ寝ていろ」
 言いっ切って、また規則正しい寝息が聞こえた。そのくせ、がっちりと回された腕は、抜けだしたらまた捕まるのだろう。…そもそも抜けられそうになかった。
「…放れなきゃならねぇ…じゃないとお前が…お前が生きて、幸せになるために、そう思ったのにな…」
 また、涙がこぼれた。
「…なのに、…なのに…なん…で、こんなに嬉しいんだ、…クソっ」
 逞しい腕にがっちり抑えれれて切なさが自分を支配していく。
 夢現の間で、リヴァイの声が聞こえる。無理やりにでも眠らせたのは正解だったようだ。混乱し、喜びを否定しようともがいて否定できない言葉が嬉しい。

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