タカラモノ 1/3
届きそうで届かないものほど欲しくなる。
手も、指先さえもふれることができないものほど。
窓のない、暗くて狭い部屋。
壁に時計がかかっていないのは、時間の感覚とモラルを奪うため。
そう考えると、ラブホテルというものは、案外機能的にできているものだと思う。
テーブルには、キャップをあけたまま放ったらかしになっているミネラルウォーター。
床には、僕の服と彼女の服が重なり、だらしなく散らばっている。
その様子は、まるで昨夜の僕らの性急な行動を無言で非難しているかのようで、まだわずかに酔いが残っていた僕の頭を冷たく現実に引き戻す。
昨夜。
めまぐるしい展開に、僕はいつのまにか自分を見失っていたらしい。
卒業以来、彼女とはおよそ一年ぶりの再会。
お互い第一希望だった仕事にはつけなかったものの、何とか社会人の端くれにはなれた。いっぱしの顔をして、会社や上司の愚痴を言いたくなるくらいには。そしてライン上の会話で、週末に近況報告を兼ねて、二人で飲みにでも行こうかという話になったのだ。
待ち合わせ場所に30分近く遅れて現れた彼女はいきなりテンションが高く、
僕は初め、彼女がすでにどこかでビールでも飲んできたのかと思ったほどだった。
僕が予約していた店は雑誌に載っていたおすすめ料理以外は大したことなく、その上運ばれてくる順序もタイミングもずば抜けて間が抜けていた。
けれど、アルコール類の品揃えだけは一流で、彼女は残業あがりの空腹をほとんどビールと梅酒と焼酎で満たしてしまったようだった。
グラスを交互に傾け、意味もなく乾杯を繰り返しながら、僕たちはだらだらと話し続けた。正直なところ、細かい話の内容なんてはっきりとは覚えていない。
でも、最近転職したばかりだという彼女の近況は聞いた。というよりも何度も繰り返し聞かされた。そして彼女が張り切りすぎて、会社という組織のなかで空回りしていることはよく分かった。分かっていないのはきっと、この世で彼女だけだろうとも思った。
プライドはなくてはならないものだけれど、時にはじゃまになるものだ。
彼女は果てない夢を見ている。そして、その夢に追いつけない現実と自分に苛立っている。
そんな彼女のことをかわいそうだ、と思った自分自身に、僕は驚く。
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