MTGのインテンショナルドロー(ID)についてチェス側の話を絡めつつ雑記
※某所に書いたものを加筆修正して転載
MTGの「インテンショナルドロー」(以下ID)の是非については、度々話題になります。特にトーナメント決勝で許されているIDについては賞金のスプリットも可能であることから議論になりやすいです。
今回はMTGのトーナメントルールの元ネタになっているチェスのトーナメントルールにおける「ドローオファー」とそれを取り巻く現状、IDをどう思うかについて書きます。
■チェスのIDについて
MTGのトーナメントはチェストーナメントの仕組みが元になってるのは「スイスドロー」あたりの元ネタを調べたプレイヤー、ジャッジにはよく知られています。MTGにおけるID、合意による引き分けもチェスに存在し、そのIDの提案を「ドローオファー」と呼んでいます。
チェスのIDがMTGと違う点は、プレイを始めてからもIDの申し出、ドローオファーができることです。
チェスは後手が不利で、ルール上の引き分けが人為的に起こしやすいため、実力が拮抗している相手同士では後手は引き分けを目指し、チャンスがあれば勝つ、というスタンスで戦います。このような状況のため、ドローオファーが対局中に行われるのを見ることは珍しいことではありません。
ネットチェスや一般層のチェストーナメントでは、駆け引きの一環として、または思考リソースの節約のために、トップ層のトーナメントではそれに加えGM同士などレーディング上位層での潰し合いを避けるためなどにも行われます。
■チェスのドローオファーの現状
トップ層のチェストーナメントや一部の大会やネットチェスサイトではドローオファー自体が禁止されていることが増えてきており、制度としては問題視されており、徐々に無くなっていく方向になっています。
これはトップ層のトーナメントにおいて共謀やマナー違反などが頻発したためです。疑惑レベルですが、知り合いや親族同士(!)のプレイヤー間でプレイをほぼしないレベルでのドローが度々あったり、勝負の駆け引きとしてのドローオファーが行われ、それがチェスのファンサイトやRedditなどのコミュニケーションサイトで問題視されたりすることも多くなりました。その結果からか、オンラインチェスサイトやFIDE(国際チェス連盟)関連の大会などで徐々にドローオファーへの規制が導入されています。
この文章書いた当時はある程度手を打たないとドローオファーはできない(30-40手)ルールが採用されることが多かったのですが、改稿している現在はIDを全面的に禁止するネットチェスサイトやチェストーナメントまで出てきました。Chess.comでは賞金付きトーナメントにおけるドローオファーの廃止を導入する際
「多くのゲームやスポーツではゲームのどの時点においても競技者が合意の上でゲームを引き分けにすることはできません。競技の精神にのっとって我々はこのような(合意による引き分け)を廃絶していきたいと考えています(※)」
という声明を出しており、トップ層におけるIDはルール上認められているが問題があるという考えのようです。
確かに賞金まで出して開催したトーナメントの試合で試合をしてくれないという状況は避けたいでしょうね。
※原文
In most other games or sports, it is not possible for competitors to decide at any point in the game to agree to a tie. In the spirit of competition, we’re looking to eradicate this phenomenon.
MtGでも販促のための興行という観点からID=試合自体を行わないということは好ましくなく、何か問題があれば制度がなくなる可能性は大いにあります。
また、日本では賞金付きトーナメントをやるときに賭博行為とされてないための法的な建付けが「高い技術レベルのプレイを見せることが仕事の一環として認められるから」なので、賞品のある紙のトーナメントで「プレイをせずに入賞し賞品受け取る」という行為自体が日本では法的にリスクがある、という見方もできます。
いずれにせよ、IDは節度を守りイベントや相手への敬意をもって行うようにしたいですね。せっかく使えるルールが減っちゃうのは不利益しかないので。
■引き分け可能なゲームで「合意の上での引き分け」を規制するのは難しい。
前項ではシンプルに書くために言及を避けたのですが、実はトップトーナメントではルール上のドローオファー行為「は」あまり行われません。ドローオファーを申し出ること自体が心理戦においてデメリットになること、ネットチェストーナメントではドローオファー可能になる規定手数の30-40手後には持ち時間を使い切っていることがよくあり、ドローオファーを待つ時間がそもそもないこと、また記載した通りトーナメントにおいてドローオファー自体が規制されていることが多いためです。
ではどうやってドローオファーをしているかというと、チェスの引き分けとなるルールを利用しています。チェスには Threefold repetition という同じ局面が3回出ると引き分けになるルールがあります。将棋の千日手ルールと同じようなものです。
これ方法ならドローオファーを出して待つ、という時間のかかる手順を踏まなくてもよく、大会でドローオファーが禁止されていても利用できることから、同じ局面をわざと連続して作り、引き分けを匂わせるプレイがトップ層における実質的なドローオファーになっています。
どういうことかというと、実際の棋譜だと以下のような感じです。30手経過後、同局面が3回以上出たことが申告され、引き分けとなりました。
https://old.chesstempo.com/gamedb/game/3831630
チェスではルールを利用した引き分けが容易にできるがMTGは意図して引き分けにするのが難しい、という違いはありますが、ルール上引き分けや投了が規定されているゲームにおいて、IDが禁止された場合のモデルケースにはなりそうです。MTGでIDが廃止されても同じような状況になる可能性は十分にあり、状況はあまり変わらないかもしれません。
■IDについてどう思うか
「プレイヤーが試合を見せること自体が販促となる」という販促イベント興行の観点からID廃止というのもありうる話なんで、ルールでOKだからやる分にはいいけど、好き勝手やるのは倫理的にマズいし、規制は行ったら損しかないから、トーナメントの興行の観点で問題がありそうなトップ層での利益目当てのIDは程々にしておきましょう。」
という立場です。
「規制が入る」というのは仮定や予想ではなく、トップ層がIDを行うことが問題視された結果、IDが禁止されたりルール上の制限が入れられているチェストーナメントの現状があるからです。
■MTG WikiのIDの記事について(おまけ)
MTG WikiのIDの記事に書かれてる「チェスにおいてレーティングによる高位の称号や賞金に対してのリスクを避ける目的で行なわれるぐらいである」というのは、これまで記載した通り間違っていることが分かるかと思います。(あのWikiはMTGのこと以外はちょいちょい不正確なので注意が必要です)
Wikiでは引き分け提案そのものがあまり行われないみたいな書き方がされてますが、トップ層では記載した通り問題になる程度には行われていますし、一般層のトーナメントでも「チェス ドローオファー」で調べるとわかる通り、引き分け提案は結構カジュアルに行われていることがわかります。