目標の距離感とノルマとの違い
J1から降格して1年での昇格を目指す徳島ヴォルティスではあるが、前半戦を終えて4勝13分4敗と思ったように勝ち点を重ねることが出来ていないのが現状である。
SNSなどを見ていると、この結果に対してネガティブな感情を抱いている人も決して少なくないと感じる。
ただ個人的な感情としては全くそんなことはなくて、歩むべき道をしっかりはみ出さずに歩いているといった印象である。
今回は2022シーズンがネガティブに見えてしまう原因と、ポジティブである要因を考えていきたいと思う。
目標の距離感とノルマとの違い
目標の距離感
2022シーズンの徳島ヴォルティスは「1年でのJ1復帰」という目標を掲げている。
2021シーズン終了後セレモニーで岸田社長が涙ながらに語ったことで頭に強く刻まれている人も多いだろう。
しかし1年でのJ1復帰というのはあくまでも「短期的な目標」なのである。
目標には短期・中期・長期とあって、短期目標は中期目標を達成するための手段、中期目標は長期目標を達成するための手段だと考えている。
よって、短期目標を達成するために中長期的な目標への道から外れるようなことをしてしまうと本末転倒が起きてしまう。
では中長期的な目標とは何だろうか。
中期的な目標は昨年の目標であった「J1定着」が妥当なのではないかと言える。
長期的な目標は、クラブのアカデミーページにこういった記載がある
「2030年までにチームの3分の1以上がアカデミー出身・生抜き・県人で、ACL出場」
※ACL出場はJ1リーグ3位以上or天皇杯優勝
※3分の1以上は毎年所属人数が変わるものの10~13人程度
https://www.vortis.jp/school/org.html
よって、この長期目標を達成するための道から外れて短中期目標を達成しに行くことは禁じ手である。
分かりやすく翻訳すると「選手育成をベースに順位を上げていく」ことが正しい道程であり、そのための手段としてクラブが使っているのが「スペイン路線」ということになる。
ちなみに、目の前の試合に勝つことは超短期的な目標、JリーグやACL優勝などは超長期的な目標となるだろう。
5月28日に行われた徳島県サッカー少年団大会決勝の中継で、実況の榎本アナがぽろっとこんなことを口にしていた
「トップチームのスタッフも含めた技術委員会を立ち上げて育成年代の指導方針を決定している」
数年前からアカデミーもトップチームと同じ方向性のサッカーをしていることは知っていたが、組織を立ち上げて取り組んでいるというのは初耳だった。
高知ユナイテッドをJFL昇格に導いた大谷武文氏をアカデミーダイレクターに招聘した理由は、この技術委員会立ち上げが大きな理由なのではないかと想像できる。
2022シーズンよりスペインでジュニア年代のコーチ経験のある元FC今治コーチ嶋田将利氏をユースコーチとして招聘しているのも方向性が伺える。
ポヤトスやマルセルといったトップチームの監督コーチでないと雇えないレベルのスタッフを招聘している理由は、トップチームの成績以外にもアカデミーのノウハウ蓄積という点でメリットが大きいのではないかと考えられる。
よって仮に短期的な目標であるトップチームの成績が振るわなくても、育成組織の充実という長期的な目標への道程は全く外れていないのである。
目標とノルマの違い
クラブの目標という大義名分で目の前の試合に勝つという超短期的な目標をなかなか達成できないクラブを批判する意見に感じることとして、目標とノルマを履き違えているのではないかと思う。
目標は「自主性」、ノルマは「強制」というニュアンスが含まれる。
ノルマを「どんな手段を使っても達成しなければならないもの」と定義するなら、目標は「達成できなくてもその場所に今より近づくための指標」と定義できるのではないだろうか。
前述したように1年でのJ1復帰というのはあくまでも「短期的な目標」である。
ということは、長期的な目標への道程からズレていないことのほうが重要であり、それが出来ていれば必ずしも達成出来なくても問題ないものである。
では徳島ヴォルティスにとってノルマとはどういったものになるだろうか。
クラブは目標は掲げている物のノルマは明確に掲げてはいない。
そのためここではノルマを「目標達成に著しく支障が出る事態の回避」と定義したいと思う。
徳島ヴォルティスにとってそれはJ3降格なのではないかと考えられる。
仮にJ3降格が危ぶまれる事態となった場合には中長期的な目標から多少外れたとしてもあらゆる手段を使って回避しなければならない。
具体的には「チームスタイルに合わない選手の獲得」や「短期的に結果を期待できる監督の招聘」などだろう。
サッカーという競技への認識
目標とノルマを見誤ってしまう原因にはサッカーという競技への認識の甘さがあるのではないだろうか。
ここでは後発クラブの難しさについて考えていきたい。
徳島ヴォルティスがJリーグに参入した2005年、Jリーグのクラブ数は30クラブである。
よってJ1が18チーム制である場合、J2の12位が徳島ヴォルティスのベースポジションと言える。(群馬は同期なので正確には総合29位タイ(J2の11位タイ)なのだが、分かりやすく総合30位(J2の12位)とする)
ここで年間順位の推移を見てみよう
この表を見ると、徳島ヴォルティスJリーグ総合順位でベースポジションの30位を下回ったのは3年連続最下位最終年の2008年以降では、最初に昇格へ最も迫った2011年の翌年である2012年と、最初にJ1から降格した翌年の2015年の2回。
上下に波を打ちながらも徐々に平均順位を上げ、昨年2021年は降格しながらも過去最高位を更新した。
飛躍的な躍進もなければ、壊滅的な崩壊も起きていないという印象である。
このデータを自分は非常に好印象を抱いているのだが、その理由はサッカーという競技はベースポジションをひっくり返すことが非常に難しいと感じているからである。
例えばプレミアリーグ(旧フットボールリーグDiv1含む)は125年の歴史で優勝を経験したクラブは24クラブのみ(2000年以降は6クラブのみ)
ラ・リーガは92年間で9クラブ(2000年以降は5クラブ)
セリエAは118年間で16クラブ(2000年以降は5クラブのみ)
比較的多いブンデスリーガでも110年間で29クラブ(2000年以降は5クラブのみ)
近年急速に力をつけて順位を上げたクラブは、マンチェスターシティやPSG、ライプツィヒなどいわゆる金満クラブがほとんど。
ベースポジション30位の徳島ヴォルティスがACL出場圏内の3位どころかJ1圏内の18位に入ることすら簡単ではないことが良くわかるだろう。
莫大な資金力があるわけでもなく、元々サッカーという競技が活発だったわけでもない田舎のクラブが着実に平均順位を上げていることは決して簡単なことではないのである。
ちなみに自分はフランスのマルセイユというクラブも応援しているのだが、マルセイユは日本で例えると浦和っぽい感じのクラブで、サポーターの数はリーグ屈指で熱狂的、資金力もリーグの中では高くビッグクラブという扱い。
ただその割にリーグ優勝回数は多いというわけではないが、フランスのクラブで初めてCLを獲ったというのも浦和っぽい所以。
マルセイユは、昔は今よりもヨーロッパでも資金力で戦えてスター選手をお金で買うことで渡り合えてきたが、近年は金満クラブやプレミア勢に押されて資金力だけでは決して戦えない規模のクラブとなっている。
しかし、クラブやサポーターは、自分たちはビッグクラブであるというプライドを捨てられず、補強はネームバリューを重視する色が強く、何年もかけて強化することは許されず目の前の試合に勝つことだけに固執し続けた。
全く活躍しない有名選手に大金を払い、監督交代を繰り返し、赤字をたれ流し続け金が底を尽きた果てにGMが監督を兼任する地獄のような状態まで落ちた。
そこからマルセイユは新たなスポーツダイレクターのもと、若手中心の補強に転換し、選手を育てて売る方針へと変わった。
19-20シーズンには6年ぶりにCL出場を果たし、21-22シーズンもP$Gに次ぐ2位でフィニッシュとなった。
自分が短期的な目標ではなく長期的な目標が重要であると語る理由はこのような由々しき事態を徳島ヴォルティスでは見たくないからである。
わくわく育成大実験
徳島ヴォルティスが現在のスペイン路線になってからまだ僅か6年目である。
まだまだ何が正解で何が不正解か分からないことが多くあり、成功でも失敗でもクラブにノウハウが蓄積されればそれだけで成功と言っても過言ではない。
例えばリカルド体制で成功だったと言えることは、まずは優勝&昇格という結果を出せたことだろう。
リカルドはうまく選手のウィークを隠し、ストロングが活きるよう戦術で下駄を履かせて、他のクラブで燻っていた選手を活躍させることで選手の価値を上げた。
反対に失敗だったと言えることは、育てた選手が他のクラブに移籍しても活躍しないことだろう。
戦術の中で弱点を隠していたが故に、他のクラブでそこが晒された時に穴になって使われなくなるという事が数多く起こった。
そういった問題に対し、ポヤトス監督のサッカーでは「この戦術では各々の役割をこなすことができれば機能して勝てる」という設計のように感じる。
リカルドのやり方より結果は出づらいが、選手を育てるという意味では選手にスパルタなやり方なのではと思う。
リカルドが生徒の能力に合わせてクラス平均80点取れるテストを作ってくれる先生だとしたら、ポヤトスは生徒の能力は関係なく解けなければいけない問題を詰め込んだテストを作って平気で赤点を発生させる先生というイメージ。
今シーズンで言えば、渡井が怪我をして不在だった期間はビルドアップが上手くいかず全くボールを前に運べない試合が続いた。
しかし渡井が帰ってきた前半戦残り2試合(新潟戦と仙台戦)はWGが前を向いて仕掛るところまで進むことが出来ていた。
これは渡井がタイミング良く降りてきてビルドアップを助けてボールを受けドリブルで運ぶという仕事のおかげなのだ。
この事象から分かることは、ポヤトスはビルドアップの不備に対し、戦術を大きく変えずに、渡井という個の力で解決したということである。
そう聞くと「ポヤトス何もしてねぇじゃねぇか!」と思うかもしれないが、これを良いのか悪いのかと聞かれれば自分は「解らない」としか答えられない。
なぜなら、逆をいえば戦術を実行出来る力のある選手がいれば機能する戦術を敷いているということでもある。
要は選手が成長すれば結果は出る。
だから、渡井という個の力でビルドアップを解決したことは、勝利にコミットするという点では非常に脆いが、リカルドのやり方で届かなかったものに届く可能性を秘めている。
だからこれが良いのか悪いのかは「今は解らない」。
ポヤトス体制のやり方で選手がどう育って、他のクラブに移籍した時にはどのようなプレーをするのかという実験結果を見極めるには最低3年はポヤトス体制を見たいところ。
選手育成を掲げるクラブにとってリカルドとポヤトスのやり方の違いによってどういった結果が出るかどうかの実験結果は非常に重要なものである。
進むべき道
2022年の徳島ヴォルティスは決してネガティブではない。
それではこれから先、長期的な目標というビジョンを見失わずに進む道とはどういう道なのだろうか。
徳島ヴォルティスは健全経営クラブで、2022年1月決済でも当期純利益は+2900万となった。
余っているお金があるなら選手を獲れ!というのも間違いではないが、長期目標のためにまだやれることがあるなら、そちらに資金を注ぐことも考え方だろう。
クラブハウスを新築して食堂が出来たり、トレーニングルーム増設、など、目先の勝ち点ではなく環境を整えた効果が表れるのはまだ先かもしれないが、こういったクラブの考え方は個人的には非常に支持できる。
Jリーグ参入17年目のチームには設備面、環境面で先を行くクラブとの間にまだまだ差がある。
5月30日に発表された、大塚製薬とともに立ち上げた「POCARI SWEAT × TOKUSHIMA VORTIS Football Dream Project」は東南アジアに向けた非常に可能性のある戦略となるだろう。
長期目標のアカデミー・県人・生え抜きで3分の1という項目にはまだまだやれることがあると感じていて、特に小中学生年代ではヴォルティスだけ強いという状態はあまり良いことではない。
徳島県内全体のレベルが上がることで競争力を高め、ユースのセレクションではジュニアユース所属選手でも簡単にユースに上がれないようなレベルの高いセレクションになることが結果的にユースのレベルを上げることにつながる。
では具体的に何が出来るのかというと、ジュニアとジュニアユースをもう1チーム持つのはどうだろうか。
Jクラブの中にはアカデミーを複数チーム持っているところもある(ガンバ大阪門真、柏レイソルTORなど)
他にはアカデミーの選手に対して語学教育やPC教育などをしているクラブもあり、クラブを選ぶメリットになり得る。
他には、小中学年代まででいいので女子チームを作ることも挙げたい。
小学生でサッカーをしていても、中学にサッカー部がなく、他のスポーツに流れてしまうといった話は多い。
高校生なら県外の強豪チームに行く選択肢は取りやすいが、中学で県外はハードルが高い。
プロになるかならないかは置いておいても、サッカーを長く続けられ、サッカーに興味を持ち続けられる環境があれば、将来的にヴォルティスの観客数の増加にもつながるのではないだろうか。
バスケットボールのBリーグに徳島県のチームが創設されることが発表されたが、中学では女子サッカー部に比べると女子バスケ部の方が圧倒的に多い。
小学生でサッカーをやっていても、中学でバスケに流れてしまうとプロスポーツの観戦もサッカーからバスケに変わってしまうのではないだろうか。
トップカテゴリーは難しくても、少なくとも中学年代まで、できれば高校年代まで女子チームを作ることに資金を割いてもいいのではないかと思っている。
トップチームの成績というのは水面に現れた氷山の一角に過ぎない。
その一角を支える土台をどれだけ強固にできるかが、持続的な強いクラブづくりに重要となってくる。
目先の勝ち点に資金を全振りする前に、徳島ヴォルティスにはまだまだやるべきことがたくさんあるのではないかと感じている。
まとめ
少し話が飛躍しすぎた気もするが、2022年シーズンは勝ち星が拾えていない印象よりもネガティブなシーズンではない。
言いたかったことは、進むべき道さえ間違えずに、昨年より少しでも長期的な目標に近づけたのなら必ずしも短期的な目標は達成しなくてはいけないものではないという事。
…。
とはいえやはり試合には勝ちたい。
だから頑張れ。とにかく頑張れ。頑張って頑張れ。頑張って頑張って頑張れ。
以上!
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