エンディング
小説を読み終えた瞬間に、沸き起こる感情がきらいだった。
何日も共に生きた物語の住人たちは、それが終わった途端、皆微動だにしなくなる。まるで、これは全部フィクションですからね、と一方的に別れを告げるように。現実世界の読者を、置いてけぼりにするように。
まだ、終わりたくない。あなたたちの世界をまだ見ていたいと思って、はじめから読み返す。そうしたら、また彼らは物語を繰り返してくれる。でも、「繰り返す」だけだ。「完」のその先は、どうしたって続かないのだ。
本人たちの言葉で、身体で、物語が続くことはないとようやく悟ると、今度は想像を始める。自分の思う物語のその先を、勝手に作り出そうとしてみる。でも、それらは想像だ。思い浮かべた彼らの輪郭はなんとも朧げで頼りなく、声も違えば仕草も違う。やっぱり、物語は終わったのだ。
万策尽きると、胸のど真ん中に、大砲で貫かれたような丸い穴が空いている。
その中を、現実世界の空気がひゅうひゅう通り抜ける。寒い。ノンフィクションの風だ。
この寒さのどうしようもないことと言ったらない。どれだけ多くの物語に触れても、それが終わりを迎えたときの、全身が凍りつくような喪失感には慣れない。ああ、きらいだ。けれどこの感覚だって物語が産み落としたものだ。ならば、せめてこれだけは、悲しくても絶対失くさないと誓う。残った気持ちが手のひらからこぼれ落ちないようにと、必死になる。
そうやって、穴を空けられたまま、生活は続く。時々思い出して、まだ忘れていないことを確かめて生きる。いつの間にか、どんな物語だったかということよりもそれが終わったという事実だけが、物語のすべてになっている。
そして、それすらもだんだん、だんだん薄らいでいって、ついに考えなくなる。そのことにも気がつかない。
さらに時間が経って、何ヶ月だか何年だかして、不意に蘇る。私を置いてけぼりにした、彼らのことを。
今はどうしているだろうか。あ、そうだった。思い出して、胸に手を当てる。あの頃、まんまるに空いていた大きな穴が、いつのまにか埋まっていたのだ。
覚えていた。
薄いベージュの紙の匂い。整然と並んだ細明朝体の字と、そこに映し出されていた彼ら。そして、ベッドの中で、豆電球のオレンジ色の明かりを頼りにそれを追いかけた、わたし。
そうだよ。
わたしは、失ってなどいなかった。あなたたちはもう、わたしの心の一部になっていたよ。あなたたちが残してくれたものを、今ならまっすぐ、思い出せるよ。
ねえ、わたしね、物語のその先を、ちゃんと生きてきた。読み終わっても、終わらない毎日を、あなたと一緒に、生きてきたよ。
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