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絵文字の先の女神


Mikio 作
3 絵文字の先の女神

 くっそー、ターゲットのほしのこちゃんを完全に見失ってしまった。中学卒業後、抑鬱ブチギレ高校に入学してからというものの…私はみるみる無気力になり、ボサボサ頭に瓶底眼鏡で登校していた。吉濱ベイスターズのエース、クライム・タカトは、野球部に勧誘されそのまま入部。他のモブキャラ達にも、某宗教団体やマルチ商法まがいの勧誘を受けた。だが私は「うるせー、俺は何もやりたくねーんだよ!」とは言わず、先延ばしし続け、だらだらと時間だけが過ぎていった。しかし、ギリギリのタイミングで、穏健派のスプラウト君にバドミントン部に誘われた。それならば。よし、瞑想やるか!30分間瞑想をやった後の世界に、バドミントン部の男子の先輩は居なかった。先輩は動きがしなやかな女子ばかり。な、何と素晴らしい!まさか、これほどまでの威力だとは。私は瞑想の力で、エリートニートさながらの、スペシャル怠惰な1年間を過ごすことに成功した。更に分かりやすく状況がガラリと変わったのは、二年生の夏の終わり。ライオンズゲートが無事閉じてからの出来事だ。スプラウト君をはじめ、周りの男子は当たり前のように、ぐんぐんと背を伸ばしていった。夏休み中に、望まずとも肉体の才能が開花したんだ、と言わんばかりに勝ち誇る顔のペっち王子、ペドロ、そしてkakeru。こちらを見下ろしてくる君たちは、こぞって秀才なので、やり方がシンプルかつ下品だ。一方、クライム・タカトは、私とシンクロしているのか、伸び悩んでいる。

 冗談はさておき。こんなADHD人全開の性格だからか、伸びるはずの身長が一向に伸びない。これは、今までとは訳が違う、高いレベルの技術と経験、更には忍耐力をも要求されそうだ。ぐうの音も出ず、しばらくの間物思いに更けると、なんだか無性に頭を丸めたくなった。そして、私はいい加減に瓶底眼鏡をやめ、コンタクトを使用し、一気にスポーツタイプにモデルチェンジした。スローガンは「世界にほしのこちゃん以外のの女子を」だ。いつの日も状況対応、可能性を優先せよ。いいぞいいぞ、その調子。かっ飛ばせー、み!き!お!

 フハハハ。いくつかの魔改造により、外見はいくらか前向きな状態になってきたぞ。とはいえ、背は顔と違って気軽に操作できるものではない。その上、スポーツタイプに厚底では、人間関係が今まで以上に悪化するだろう。よーし、こうなったら。男は背が高ければ良いという、異性のスキにつけ込む方法を模索するのだ。ふふふ。今回のテーマは一応恋愛だからな。見てろよ~。

 私は授業中も、水面下で本を読み、ひたすら頭と心の勉強をした。栄養学のTOM先生は「いや、それは頭と心の栄養不足じゃないかな?」とあきれ顔。元ヤンのあーちゃん先生からは「松タバコあげるから、そんなことしなくても大丈夫だよ」と慈しみのお言葉。百物語司会のみゅう先生は「みきおさん、順番回ってきたよー」と語りかけてくる。それらの外からの刺激をできるだけシャットアウト。「男性は背が低くても女性の心につけ込み可能である」とのサブリミナルメッセージを、じわじわと頭と心に刷り込ませた。以前、似たよう怪しい方法で、自力で顔を変えた経験を生かすのだ。遺伝子過剰防衛本能レベルのトリックなど、サクッと削除するのだ!ついでに青いボールとエネルギー体調整パァン!!

 時は過ぎ、10月始まり。私は、新しいケータイを入手したばかりだった。使い方もままならない中、突然、誰かから謎のメッセージが届いた。ん?

−−ダレデショウ?(かわいい絵文字)

 こ、これは……!!!

 文の雰囲気と「?」に続くかわいい絵文字が、異性人であることを物語っていた。まさか、あの刷り込み作業が、現実として形となってしまったのか。よく分からないカタカナが多く、一番集中力が高まった世界のお話(世界史)の時間は、自分の歴史を大きく動かすきっかけとなった。世界史のともき先生、ほんとありがとな。感謝。

 絵文字の先の女神は、何と同級生のバドミントン部女子だった。以外と近くにいたのだが、あまり話したことがない。私は、学校で男子とただテキトーに過ごすことが安定の楽しみだった。物事に真剣に挑戦している情熱系男子や、キラキラ女神たちの顔を見て話すことに、すんごく引け目を感じていた。だからこそ、意表をついた異性人からのメッセージには、凄まじい破壊力があった。まさかの、またとないチャンス。ついに私の遺伝子がその気になった。異性人改め、絵文字の先の女神イリスにも、恐らくぼくと似たような所があると見た。下手にオフラインで会話をせず、得意のメッセージでやり取りを進める方針を固めた。

 ただ、1つ問題があった。男子の1人ペドロが、絵文字の先の女神イリスに好意を抱いていたのだった。絵に描いたようなライバル関係である。何と恋愛の刷り込み作業は、3角関係まで入念に作り出してしまうのだ。ライバルのポテンシャル、ステイタスは、私などより何ダースか、ずーっと、高かった。

 しかし、この高い壁を乗り越えなければ、低身長者は一向に報われない。私は抑鬱ブチギレ高校低身長グランプリの常連だ。ここで簡単に消えるわけにはいかんのだ!私は丸めていた頭の毛を再度伸ばし、ささやかながら抵抗をした。そんな姿を見た絵文字の先の女神イリスは、私の努力を認め、許しを与えてくれたに違いない。メールの絵文字の組み合わせは、どんどん洗練されていき、アツいシンプルなメッセージラリーが、淡々と続いていくのだった。女神とのラリー、キモチエェーーーーーー!!!

 さぁ、ここからが勝負所だ。2月14日、運命のバレンタインデーである。戦前の予想通り、男女が入り交じる中、学校では休み時間にチョコをバラまかれた。義理か本命かを吟味する、男どもが漢の中の漢を決める漢祭りを終えた放課後。ここから、今までの男とひと味違う私が、絵文字の先の女神イリスから希望通りの本命チョコを頂けるのだろうか。注目のゴングが今、打ち鳴らされる!

 授業中も、上の空でそのことばかり考え、必死になって妄想していたところ。やっぱり、しっかりやらかしてしまった。私はルーティーン通り、近所に住むスプラウト君と、うっかり一緒に帰宅してしまっていたのだ。やっべー。絵文字の先の女神イリスは、私の街と反対方向の街からバスで通学していたので、残念ながら万事休すである。この日1番の遺伝子勘違い野郎が、機械的に退場し、胸躍る3角関係が崩れてしまった。とっととチョコをひっさげ、ライバルと思われるペドロを待ち伏せする作戦に切り替えているだろう。私が自室で途方に暮れていると、ケータイが、光っているぞ。あ、メッセージだ。

−−イマ、イエニイルノ?(かわいい絵文字)

 な、何ぃー、なぜそんなに知っているの!?

 いつも私の機密情報を、どこから仕入れているのかは、この際どうでも良い。これは、今度こそ、またとないチャンスだ。私はテキトーな服からそれなりの服に着替え、待ち合わせ場所の踏切に向かった。

 あっ、あれは…絵文字の先の女神!?

 そこには…雪が降る寒い夕暮れの中。小柄で、たっぷり気味なマフラーを身に纏う、神聖なる絵文字の先の女神が、優しい微笑みを浮かべていた。

イリス「はい、これ。」

 め、女神かわいいなー。たまらんなー。

私「あ、ありがとな。」

 や、やはり。緊張と、そもそもオンラインでのメールのやり取りがメインの我々。会話など、スムーズにいかないのだ。押すことも、引くことも、どーすることもできない。寒い。とりあえず震えていた。全身ガクブルのまま、そのままの距離感で、お別れの時間を迎えた。え、うそやろ。

イリス「じゃ、またね。」

私「あ、気をつけてな。」

 すまんな。これが、当時自分の、精一杯だったんだよ。

 私は、絵文字の先の女神に初めて手を振った。会話は2ターンで終了という、世界的珍記録をたたき出した。作文一辺倒で、ろくに会話をしないコミュニケーションスタイルが、吉と出たのかなー。よく分かんないなー。ま、いっか。地元の踏切で、義理か本命かジャッジが難しい、不思議なチョコを頂いちまったぜ。やったー!!!このポテンシャルで、よくぞここまで辿り着いたと大満足。チョコを独り占めし、絵文字の先の女神イリスに得意のメールを送り、上を向いてガッツポ。遺伝子勘違い野郎から、この日1番のラッキーボーイに上り詰めた。尚、今日のヒーローの記憶はここで一旦途切れてしまう。

エピローグ

 その後の話は、ややこしいトリックなしで書こう。自分のテリトリーから出ようとしなかった私は、結局恋愛成就せず、遺伝子勘違い野郎に逆戻り。3年生の春、因縁のペドロに痛恨の黒星を喫し、正に抑鬱ブチギレ状態に。背丈と人間としての器の違いに憤慨。社会人になってから納得するまで時間を要することに。そして、抑鬱ブチギレ高校時代から独学で学んでいた人の愛を分析する学問に興味を持ち、偏ったものの考え方を見直そうと立ち上がった。持ち前の勝負強さをもう一度呼び覚まし、新たなる学び舎に滑り込んで合格!都会へと旅立つ。

ペドロ「イリスちゃんかわいいなー♡」
イリス「もぅ~、勘違い遺伝子削除♡」








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