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中学生の力
Mikio 作
2 中学生の力
質問箱。「私は中学生です。生涯で、最も多感な思春期という大切な時期に、それまでの美しい家庭の構図を、己のパワーのみで変えようとしたら、どうなりますか?教えてください。」なるほど。質問箱に質問してくれた君、いつもありがとな。アーカイブの君も考えてみてくれ。簡単なことだよ。答えは多岐に渡るが、代表的な物として途端に家庭崩壊が訪れ、私の居場所がどこにもなくなる「まっくろ黒歴史」が幕を開ける、があげられる。これにはディープステートも真っ青(白目)。世界が闇に包まれる闇落ちパラレルワールドが確定するのだ。ま、そういうことだから。悪いんだが、せめて中学卒業までは、慎重にいい兄貴役を演じ切ることが求められるってことだよ。それが無難だね。というわけで。脳内質問箱ライブは、闇の勢力5Gにより強制終了。私は真っ黒の学ランに袖を通し、表情を引き締め、暗黒オワコン中学校校舎へと向かったのだった。登校初日から、お隣の不気味なオーラ全開の墓地から感じていた。幽界冥界に引きずり込まれぬよう、素早く駆け上がらねば。地味にめんどくさいステージだ。ちぇっ。
制服や髪型などは、きっちりと校則に従い、行き過ぎた言動を慎むよう努めていた。それがうまく出来ない時は、視線を誰とも合わせず沈黙。これが吉と出ますように。12歳10カ月なりに人類の安寧を祈っていた。同時に私は心を鬼にして、小学校時代の良き思い出を、つまり「野球」以外の記憶を一旦リセットした。桜舞散る4月の上半期。チャゲアスと西武ライオンズの話ばかりされてうんざりしている作曲家、かずりん先生を目撃した。「今日は全然あかーん♪」という山彦ハーモニーが校舎に響き渡っていた。それを聴いて駆けつけたプログラマー、までりん先生は「ちょっとあんた、その辺にしときなさいよ!」と肩ポン♪次に現れた投資家、かなりん先生は、笑いをこらえながら感想を絵文字でチャットでコメントしていた。「カタカタカタカタ#$%&☆★※♪」←お金はいずれ溶けていく、だってさ。りんりん三姉妹に取り押さえられ、現行犯で○○された謎の先輩は、「スコンブスコンブスコンブスコンブ♪」とリズムを刻んでいた気がする。私はそれを尻目に、「今までのぼくは、今日でおしまい!あばよ!」と、一目散に心の中でサヨナラし、反面教師を遠くのほうから睨みつけた。ちぇっ。
安全をしっかり確認してから、危険な学び舎に宣戦布告したものの、私は入学して暫くの間、学び舎で無表情で黙っていた。なぜか。あまり書きたくないことなのだが、私はこの時、人知れず悩みを抱えていた。みんなの前で発表する場面を心底苦手としていた。場面緊張という、ADHD人特有の厄介なやつである。あがると、自然に顔が赤くなるので、格好悪さが際立ってしまうという感じだった。内面で考えていることが、こうも分かりやすく顔色だけで判別できてしまうと、どうしても他人にバカにされてしまうものだ。まっくろ黒歴史に、今の気分は差し色の赤、、、い顔。なかなか洒落てますね。嗚呼、私はどうしてこんなに弱っちぃ?この色に関する難題を克服することが、中学校生活一番の試練となるであろう。そう悟った私は思い切った。しれっと、部活をほどほどにし定時で帰宅。ぺっち王子を退け、野球キャプテンに成り上がったにも関わらず、である。そして本屋に駆け込み、自己啓発本に手を伸ばした。男は黙って自己啓発!
しかし、もう一度よく考えてみてくれ。どんな本を手にしたところで、顔面偏差値が今すぐ変わるはずがないのである。だからといって、中学生で整形は現実的ではないだろう。くっ、畜生めが。中坊の考えに限界が来た。今回も野球と一緒。あっという間に追い込まれた。私は考えるのをやめて、ひたすら物理的に筋肉を鍛えることにした。顔の筋肉を、暇があれば←↑→↓と、色んな方向に力ずくで動かす「顔面パワー施術(GPS)」が始まった。(イメージの君は、君をビデオカメラで見るようにやること)
朝から晩まで、視界から人が消えるや否や、瞬時に様々な意味を持たない表情を作り上げる。自室で、風呂で、夜にランニングしている時も、ストイックにバリエーション豊かな表情を浮かべ、「前から通行人が来た」と察知するなり、「普通の顔」をする。この施術、意外とスターシードのような繊細さも必要とされるのだ。
やがて、見えない努力が地球の常識を逸脱したのか、なんと私の顔に変化が訪れた。顔面の大きさや色は置いといて、表情が施術前と比べ、コントラストがしっかりしてきたのだ。その上、左目だけだが、二重がくっきりと浮かび上がった。右目はこのまま努力を続ければ、そのうち完成するだろう。よし、今日の施術はこんなもんにしとくか。あとはこれをくり返すだけだ。イージーだ。こんなことなら、左右のバランスを考えて、もっと計画的にやれば良かったのだ。ま、片目だけでも、その手の資格を持たない中学生にしては文句なし。上出来と言えるだろう。
確実な進化が見られた。本来は正確に数値化することが不可能と思われる顔面偏差値。だがしかし中学卒業間際には、パワー勝負に出たことが吉と出て、さほど気にならなくなっていたのだ。要は、あがり症は捉え方というか、取り扱い次第、かもしれないという話だ。どんな形であれ、半分だけでも奇跡的に顔が変われば、人前で顔の色が変わることぐらい、目を瞑れるというわけだ。安易に「それは成長期の変化です」と、言葉のみで片付けるのは人でなし。顔に悩みを抱える人も、自分を変えたい人も、この方法は永遠に無料コンテンツだ。「顔面パワー施術(GPS)」、一度試してみる価値があるのではなかろうか。
こうして思春期の私は、納得がいくまで自分の顔と向き合い続け、アイデンティティを確固たるものにした。人に見られそうな場所で、一人にらめっこを徹底的に極めたのだ。最初から素直に負けを認めず、己の顔を強引に変えて、あっという間に卒業証書をも手中に収めてみせた。平和な家族の美しい構図に、特に大きな影響を与えなかった。卒業おめでとう♪
さらば、暗黒オワコン中学校!私は前にならわずに開き直るのだ!
エピローグ
約3年に及ぶ施術に耐えに耐え、パワーアップした顔面で恋愛に挑んだが、ターゲットのほしのこちゃんがアメリカのサンディエゴ高校に進学してしまった。グッバイ!ならば、密かに運の力で入り込んだ、それなりの偏差値を誇る高校で、真価を発揮せよ。さらば♪
ほしのこ「NoNoNoNo!!!」