一人でいると無性に誰かと話したくなったりする 特に意味はないけど、自分自身を保つために誰かに連絡を取ったり会おうとしたりするのはままあるんです 我儘なんだと思う そういう気持ちになるけれど 相手の状況も見えず、相手の時間を自分のために取ってしまうと考えると中々気軽に連絡はしにくいものです 電話してみようかな? でも忙しいかな? 食事中かな? 色々と考えるうちに取りやめます フランスに来てからは 日本とは時差もあり、フランス語も上手くできずフランス人の友達も数えるほど
自分にとってlyonは住みやすいと感じています 理由としては治安もそんなに悪くないし 交通機関が充実してるかな?とも思う そこまで関わりは多くもないけれど日本人コミュニティもあるので何かあれば相談することもできる 第二の都市と呼ばれるだけあって賑やかです 縁 南仏を出る前にどうしようかと途方にくれていたとき とある友人からlyonに来たら? と提案というか誘いというか 仕事の面でも生活の面でもその時はここまで馴染めるとは思っていなかったです ちょっとした会話も難しいほど
こんにちは 恋人から送られた写真に思わず 「行けば良かった、仕事で無理だったけど」と思ってしまいました そのくらい良い写真だなぁと思えるものを見せてもらえただけでも感謝です キレイな山だなぁ 離婚決定 ある日の なんでもない日常の中で 突然伴侶が涙を流し 「こんなはずじゃなかった、日本に居たかった、もっとやりたいことがあったのに戻ってきてしまった」 と言い放った 渡仏に至るまで徹底的に話をして 本当にいいのかと何度も確認したけれど 環境の変化で気持ちが変わってしまっ
こちらで飲食店で働いてると様々な衛生管理規約があり日本よりも細かく指定されていると思います フランス人の衛生観念の知識は日本人と比べて周知されているレベルはお世辞にもいいとは言えないかな…?と思います もちろんしっかりしてる方はきちんと知識もって仕事をしていますが コロナでやっと手洗いうがいマスクをしだした国なので そりゃあ感染爆発しますって ビザ 滞在許可証 これがこの国に居続けるための最重要のものであり、みんなが欲してるもの 最短ルートは結婚 ポイは日本で既に結婚し
こんにちは グルノーブル方面の山の写真をお付き合いしている彼女が送ってくれました ポイは仕事で行けませんでしたが 本当は一緒に行きたかったです そろそろ9月の半ば 今年はセップ(ヤマドリタケ)が たくさん採れたらいいなと秋を感じます 無計画 移住を考えだしたのは震災ですが それは2度目のお相手がフランス人だったからというのと 日本で暮らしていくよりも フランスに移民としてでも渡って 挑戦したほうがいいかなと思ったんです 30歳も越えて、ワーキングホリデーの資格はないし、フ
山っていいなと思うんですけど 山頂から見てる風景を凄いと思いつつ、登るまでに歩いていく道だったり森林を抜けていく感覚のほうがワクワクしちゃうんです 1度目 今でこそ2つ×がついて色々と深く考えれるようになりましたが 当時の自分は非常に短絡的だったかなと 結婚を軽く考えていた訳じゃないんですが、今だとそうと思えてしまう思考回路だったなーと思い返しちゃうんです お付き合いするときに自分の将来性も考えた上での結婚観であれば 自分の中ですぐに結婚してもいいみたいに思わなかった
写真はクレルモンフェランの教会です 地域が違えば石材も違うみたいで オーベルニュの方は昔は黒っぽい石材を多様してたようで教会は黒めな感じのが多かったです 都内 職の話ではないですが フランスでは通りに面している窓には必ず鉄の柵かシャッターがついてます それをみてふと昔の事が頭を過りました 東京都内に15年程住んで 2度空き巣に入られた経験があります 1度目は一人暮らしの時 2度目は初婚間もない頃 歌舞伎町で働いてクタクタになって帰ってきたら鍵が開いてたんですね 一人暮
オーベルニュに行ったときレストランでワインでも飲もうかとメニューを見たときに ふと、「日本なら日本酒なんだろうなぁ」と思いちょっとだけ望郷に耽りました そんなにたくさんは飲めないけど やっぱり日本酒飲みながら酒盗とかつまみたいなーと思っちゃいます 居心地 銀座の黒服等、クラブ関係者と交流していく中で共通していくのは お金と居心地なんじゃないかなーと思うんですよね 生活をしていく中でお給料はもちろん高い方がいいですよね 水商売は割とお給料は良いと思います お客様によって
どうも バカンスも終わって未だに暑いLyonの中生活をしています 写真のオーベルニュの山々のような自然の中で安定した生活ができたらなと 思い出しながら今日を過ごしています 出会い ポイ捨てされた嫁との出会いは銀座のとあるバーであります 偽名を使って(とある有名な曲の代名と同じ)どこの国の人かも分からず、知り合いの店で働く従業員として接したのがきっかけです カワイイなとか、キレイだなとか、一切そんなことは思わずなんとなく会話をしている中で「面白い」くらいにしか印象になか
こんにちは 写真はバカンスで訪れたクレルモン=フェルラン中心部の街並み 賑わってみんなが晩酌をしてる中 不審な人が鳩を片手になにやらモグモグしながら叫んでおりまして おそらくなんかの薬物中毒者なんだろうと周りはザワザワしてました モグモグはご想像にお任せします サパーとオカマバー 銀座はクラブだけでなくたくさんのサパーやオカマバーがあります 社長は「いってこい」でそこのお客さんの付き合い、社長同士の付き合い、色々な繋がりで足を運びます (いってこいはあちらが来てくれたので
こんにちは バカンスにてオーベルニュの山に登ってまいりました 火山後に出来た山々はバカンスで旅行に来ていた人々で賑わっていました ちょっとだけ肌寒いけど未体験の土地で良い思い出になりました 場面 タイミングは様々な事象に影響する だからこの瞬間を大切にしないとならない そう話していたのは銀座のあるクラブの社長で酔いが回ると必ずそう話す 次の日には覚えてるのかはっきりしませんけど、その「場面」の話の内容は一貫してました だいぶ酔ってますから 怪しい状態なんですけど、こと場
こんにちは フランスではパリオリンピックも終わり バカンスで色々と自分も考えてしまうことがあります 色んな媒体に目を通すとフランス批判が凄いことになってますね お国柄 正直自分としてもパリには良い印象はありません それで一括で「フランスは」とヘイトをぶつけるのはちょっと違う気がします パリは日本で言う東京と同じ扱いなのかなと思いますし 今回のオリンピックに関しておかしいと思うところは笑ってしまうほどあると感じています 審判って何?とか 人種差別、性別問題、選手に対す
lyonの夏は暑いのは日本と変わりませんが、ほとんどのお家にエアコンがないというのがフランスでは当たり前です 多湿ではないもののエアコン無しなのはかなりきついです そんな暑い夜には散歩して夜景を眺めたり川辺で涼んだりします あの瞬間 2011年3月11日 ×1になった自分は銀座にて生計を立てておりまして 銀座にも慣れてきた冬も終わりのその日 いつもの様に起床 いつもの様に酒を抜く為に長風呂 風呂上がりのその瞬間にそれはくる 記憶ははっきりはしない でも、揺れでベランダの
天気が良いときはLyonの街並みに感慨深くなるような気がします 写真の建物は高級ホテルです いつかあんなホテルに泊まってみたいと思いますが、お会計は如何程か想像もつきません 境目 新橋と銀座8丁目の辺りから街並みも 人通りもガラッと変わるイメージ どちらも大通りから路地裏まで飲食店がひしめき合うのですが 色が違うというか 銀座が村だと言われるのが行ったことのある人ならわかるかもしれません クラブの関係者は「境目」と言っていて 感覚的なものなんだろうなと思います 新橋側
ポイです 写真はLyonのソーヌ川の奥にある丘に 観光場所として有名な教会がライトアップされてます 銀座もネオンが眩しく 様々な人間模様が夜に輝いているんではないでしょうか メインストリート並木通りは銀座のクラブが数多くひしめき合う通り 高級ブランドの店のライトアップが消える頃、クラブで働く人達はお客様を迎えるために店の扉を開きます ホステスさんと同伴するお客様は飲食店へと向かい、食事をなされた後に御来店され、ホステスさんと会話とお酒を楽しむんです お客様の好み、選ぶお
ポイです Lyonはブルゴーニュが近いので美味しいワインを見つけやすいです 最近なんだかそんなに飲めなくなってきて少量で満足できるくらいになっちゃいました 美味しくても二日酔いはつらいですよね やっぱりOさん 離婚後しばらくして割と稼ぎのいい仕事をしてましたが、なんだかしっくり来なくてスッキリしない日々が続く 離婚後の精神的な疲れと どうしようかわからない気持ちが強くて 遠く離れた祖母と話したり 母親と会って自分事を見直せと言われたり、気分が沈むような感じでした 着信