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”女の園”から覗いたパリ体験記⑤ セツ・モードセミナーとAcademie de la Grande Chaudière

独房のような狭小部屋のPalais de la Femmeを舞台に、曇天のがっかりなパリライフは夏を前に思わぬ方向に進み始めました。

「わー、羨ましい~。私もPalais de la Femmeに住みたいわ」
ジュンク堂で出会ったマダムの言葉は、映画に出てくるようなパリのかわいい部屋に、素敵な家具に囲まれて、、、なんて夢見る夢子ちゃんだった私を「今、ここに」に戻してくれました。
有意義なお金の使い方を教えてくれたのです。
部屋は狭くたって、寝るところもあるし、食べることもできる。
家賃で浮いたお金で旅ができる。ヨーロッパは地続き。安い旅の仕方はいくらでもあるわよ!と。
いろんな国の文化を目で見て身体で感じたい私には、非常にしっくりくる考え方で、今でもその精神がしっかりと根付いてしまった私は、安部屋賃貸。

彼女からは、他にも素敵な出会いをプレゼントしてもらったのですが、その前に、、、

6月のある日、私の部屋の電話が鳴りました。東京にいる友達から「セツが亡くなった」と。

私は、パリに来るまでセツ・モードセミナーの夜間部に通っていました。
セツの授業は独特で、10分で1枚のペースでデッサンしていきます。とにかく描いて描いて描いていくけれど、決してそのペースを強要しません。
気が向かない子は、階段で音楽を聞いていたり、庭でおしゃべりしている子もいます。
モデルの周りをぐるぐる回って、「美しい線」を探してデッサンしていくだけの授業です。
「上手な子を見つけて、その子の後ろで描くのが一番の勉強よ」ってセツがいうから、私は、セツがいる時はすかさず、セツの後ろに陣取って、モデルを見るよりも先生の絵ばかり見ているような生徒でした。
今思えば、絵をかくのが大好きかというと、そうでもなく、セツで絵を描くことが好きでした。
ただ、パリ行きのスーツケースの中に、セツに入学したときに作ったお手製の画板と絵具は一式忍ばせていたのです。

「週末、一緒に食事でもいかが?もっとPalais de la Femmeの話を聞かせてくださらない?」というマダムのお誘いがキッカケで、私はパリのセツ・モードセミナー?の門を叩くことになるのです。(歴史の順番からすると、こちらの学校が先ですね。)

最後に、セツから教えてもらったのは、
おいしいコーヒーの淹れ方と、骨ばったくるぶしの描き方と、
フリーでやっていくには、「裏でこそこそと沢山調べて、たくさん練習すること」でした。

●今日の舞台は、、、セツ・モードセミナー

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