詩は世界をつなぐ ~フランス・ポエトリーリーディング見聞録~ 第3回
2014年5月31日土曜日、18時。
パリのAvenue Parmentier(パルマンティエ通り)で、私はひとり途方にくれていました。目の前のビルはシャッターが半分閉まっていて、中をのぞいても人の気配がありません。確かに今日、ここでSLAM(詩の朗読競技大会)が行われるはずなのですが、看板もポスターもない。何か手がかりはないかとさらに見渡すと、落書きとステッカーだらけの郵便受けにマジックで“HANGAR56”と書かれています。場所は間違っていないらしい。早く着きすぎたのか?
事の発端はその5日前、DOWN TOWN CAFÉでのポエトリー・オープンマイクにさかのぼります。出番を終えた私に、片言の日本語で声をかけてきたのは両腕タトゥーでヒゲ面の兄ちゃん。めちゃめちゃ人懐こい笑顔で、100%いい奴オーラを放っていました。私が日本でポエトリーリーディングをやっていると自己紹介したので、興味を持ってくれたみたい。名前はマーク。自分でつけたというアーティストネームはDAREKA DAREMO(ダレカ・ダレモ)…なるほど、これは本当に日本好きらしい。
マークは以前、このDOWN TOWN CAFÉの常連さんで、オープンマイクの主催をしていたこともあるんだとか。そのせいか顔も広いし、パリのポエトリーリーディング事情に詳しい。フランス語に英語、日本語と筆談まで駆使してイベントやお店の情報を教えてくれました。なんて親切!
「土曜日にこの近くにある “HANGAR56”という会場でSLAM大会があるから、一緒に行こう」と誘われて、手帳に書いてもらった住所を頼りにやって来たのですが…というところで冒頭の場面に戻る。
会場に着いたはいいけど中に入れないのでうろうろしていたら、ばったりマークと遭遇。マークの彼女と、もうひとり彼の友人も一緒です。小一時間ほどお茶をしてから再び会場に行ってみると、相変わらず看板もポスターもないけれど、少しずつ人が集まってきていました。私も3人のあとに続いてビルに入ります。
おお、これがSQUAT(スクワット)か! スクワットというのは廃墟ビルをアーティストたちが不法占拠して芸術活動している場所のことで、話には聞いていましたが実際に立ち入るのは初めて。こちらの壁にはグラフィティが描かれ、あちらの壁には巨大なダースベーダーの絵。ほかにもタッチの異なる絵がたくさん飾ってあって、古い大学のサークル棟といった雰囲気です。ぼろっちいソファーとテーブル、形の揃っていない椅子がいくつか並べられ、奥には小さなステージ。入り口近くにはカウンターが作られ、ビールも売っています。
マークによればこのSLAM大会は三人一組で競い合う、いわばポエトリーリーディングの3on3。“Tournoi du Micro de Bois”というタイトルで、翻訳するなら「木のマイク杯大会」という感じでしょうか。マークが指差す方を見るとなるほど、ステージの上に木製の大きなマイク型トロフィーが飾ってあります。集まっているのは70〜80人くらい。DOWN TOWN CAFÉのオープンマイク同様、人種も年齢層もさまざまです。
ステージに司会が登場し、出場者を募りはじめました。もちろん私もマークとその友人と組んでエントリーします。チーム名は「Equip YABAI」(チーム・ヤバイ)…命名はジャパニーズカルチャー・マニアのマーク。次に司会者が客席から5名、今日の審査員を選びます。点数を書くためのスケッチブックが審査員に配られ、準備万端。
20時を過ぎたころ試合開始となりました。最初に登場したのは、ロシア語なまりのおじさん。ざわざわしていた客席も、朗読がはじまるとスッと静かになります。制限時間は3分。タイムキーパーが時間を計っています。朗読が終わると審査員は10点満点で採点し、司会者の掛け声とともに点数を書いたスケッチブックを掲げます。「8.5、8.5、8.3、9.0…9.5!」点数が読み上げられるとドッと盛り上がり、ピューッという指笛まで。
みんな結構点数が高くて、8点台くらいが平均でしょうか。興味深いのは、いいパフォーマンスなのに高い点がつかないと、ほかの客からブーイングが起こること。なるほど、審査員が絶対というわけじゃないということでしょうか。みんなが自由に楽しんでいる感じが心地いい。
出場者もバラエティ豊かです。華麗に韻を踏んでリーディングする青年もいれば、なんと91歳の大先輩が実にどっしりと朗読したりする。お客さんから単語を7〜8つ挙げてもらって、それをつないで即興詩を披露するひとも。地元のスターらしきおばちゃんの朗読はすでにお馴染みの作品らしく、サビ(?)のところで客席からコール・アンド・レスポンスが起こります。ひときわ大きな拍手に迎えられて登場したのは、DOWN TOWN CAFÉでも人気の背の高いラッパー。まるで鼻歌のように語り出したかと思うと、一気に早口で盛り上げていきます。彼のチームが前回の優勝だそうで、さすがのパフォーマンス。
わが「チーム・ヤバイ」の主将・マークは、緩急をつけた表情豊かなパフォーマンス。ところが制限時間3分を大幅にオーバーして、減点されてしまいました。10秒オーバーするごとに0.5ポイントマイナス。これは痛い! そして私はといえば、日本語の作品しかないので多少フランス語で補足しながら朗読したのですが…嗚呼、反応が薄い。これはフランス語が未熟なせい、いやいやパフォーマンスの力不足か…。
残念な得点が読み上げられるたびに、客席からブーイングが起こります。みんな優しいなあ…と思っていたら、5人目の審査員は10点満点! 日本からの参加者へのサービス点だろうとは思いつつ、やっぱり嬉しいものです。朗読終えてホッとしたあと、ビールが美味い!
(チーム・ヤバイの面々)
大会は、例の大柄ラッパー率いる前回優勝チームが見事連覇を果たしました。ふたたび壇上にあがり、木製マイク型トロフィーを掲げる優勝チームのメンバーたち。ひときわ大きな拍手が沸き起こります。日本でもポエトリーリーディングのイベントを何度も経験したけど、ここまで会場が一体になるのはなかなかないかも。「チーム・ヤバイ」が惨敗だったのは心残りだけど…!
(イベント後の記念撮影)
建物を出るころには、そろそろメトロの終電時刻が近づいています。明日ここを通りかかっても、ただの無人ビルにしかみえないんだろうな。なんだか夢から戻ってきたような気分で駅に向かいます。
それにしても、パリでの初リーディングに始まりポエトリーバトル初参戦で終わった一週間。フランスのポエトリーリーディングをもっと味わいたい!とすっかり熱が上がってしまった私でしたが、その翌週にはさらにビッグな大会を体験することになります。それは“Coupe du Monde de Slam”、つまりポエトリースラムのワールドカップ!
というところで、続きます!
(村田活彦/駿河台出版社 web surugadai selection より転載)
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