「迷宮」 第二章 Ⅸ
before
「あなたに一つ聞きたい」
旅人の言葉は静かな大理石のように
この場にその跡を彫りつける
老人は夕闇のように静かだった
だがそれは無視ではなかった
靡く髪が 開かれた瞳が 無言の重圧が
言葉を受け止めていることを―伝えていた
「憎しみはどこへ向かうのか」
旅人はそして沈黙する―ただ言葉を待って
老人は沈黙する―ただ言葉を探して
「―我が心を照らす言葉をお前は知っているか」
老人は重苦しい地獄のような扉を開けた
開いた口からは言葉が迸る
それは感情の激流となって
その心を飲み込んでいく
「お前に私の何が分かるというのだ
私の世界と汝の世界は違うというのに」
石は沈黙に言葉を託す
「細胞に一つとして同じ細胞はあるのか」
月が静寂に言葉を映す
「眼球に一つとして同じ眼球があるのか」
闇が無の中に言葉を授ける
「人間に一つとして同じ人間がいるのか」
旅人は応えられずに言葉を失った
「……」
老人がこの言葉無き場に言葉を捧げた
「私は言葉が欲しい―この世界を赦す―言葉だ」
「……」
「お前は持っているか」
「……持ってはないない」
しかし――と言葉を続けた
しかし―もしもそんな言葉があるのなら
それは言葉を超えているだろう
それは言葉以上の何かであり
同時に人の形を超えた―何かだ
もしもそんなものが実在するのなら……」
「――探しに行くか……旅人よ」
「どこへ……」
「この混沌を覗いてみよ」
その世界は暗転する
空が落ちてきたように
海に引き摺り込まれるように
心は堕ちていく
between
全体的に構成を変える。
客観的に、淡々とした流れにする。
具体的なやりとりはなくして、想像できる余地を作る。
after
旅人の言葉は静かな彫刻刀のようで この場に跡を彫りつけるように
問いを投げかける 心の向かう先について
老人は夕闇のように静かだった だがそれは無視ではなかった
靡(なび)く髪が 開かれた瞳が 無言の重圧が 言葉を受け止めていた
旅人はただ言葉を待って 老人はただ言葉を探して
二人は言葉を持たず 黙るしかなかった
石は沈黙に言葉を託す
一つとして同じ細胞はあるのか
月が静寂に言葉を映す
一つとして同じ眼球があるのか
闇が無の中に言葉を投げかける
一つとして同じ人間がいるのか
心を照らす言葉がどこにあるというのだろう
同じ世界は二つとないというのに
もしもそんな言葉があるのなら
それは言葉を超えているのだろう
旅人はついに言葉を失った―答えになるものが何も見つからず
老人は言葉が欲しかった―この世界を許す言葉を
旅人は混沌を覗く
ないならば探しに行けばいい
空が落ちてきたように
海に引き摺り込まれるように
心は堕ちていく
その世界は暗転する
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