7 5 詩集シリーズ 頭と腹と




詩集 日々を生きる
「天の邪鬼」

しなければならないと思うとやる気が出ないのに
しなくてよくなった途端にやる気になったりする

残酷な人でも優しい手を知っている
もしかしたら宿しているのは座敷童

天使のような温もりと
悪魔のような冷たさを併せ持つ

人は矛盾している
自然さえも そうなのだから

思想詩集 光と闇の物語
五章「山と風」

風は自由な旅人

木々と戯れたと思ったら空へと飛翔して雲と語らい
光に抱かれて眠るかと思えば海に舞い降りて踊り詠う

何処へ行くかも決めずに向かうがまま
一瞬一瞬の移り変わる想いのまま

戻るも進むも気まぐれに
出会いと別れにも拘らず

花の歌声に耳を澄ませ
嵐を呼んで雷と共に天を揺らす

風でも自由にならないものが一つだけあった

天まで届きそうな
星まで衝いてしまいそうな山が聳えていた

風は星の大気を動脈のように駆け巡るから
空を突き抜けた山だけは通れない

ぶつかっては叩き落とされるように
足下の砂漠と森林に吹きつけ雨を呼ぶ

「今日こそ越えていくぞ」
風は世界を一周して勢いをつけて
意気揚々と山へと翔る

山は淡々と受け止めて
風が足元を流れていくのを眺めていた
呆れたような 見守るように

「君はいつも同じところにいるね」
悔しくて風は言う

山も返す
「この眺めは悪くないよ」

不動の山の悠然とした姿には風は適わない
悔しがった次の瞬間には山の木々をざわつかせて
獣の声を乗せて去ってしまった

山は遥か彼方に想いを馳せる
いつか本当に風が自分を越えていくなら
自分が山の役目を終えるのが近づいているということなのだろう

風は生き物たちの歌声を聴きながら
木々を奏でて楽しんでいた
もう山は彼方に見える

もしも同じ場所にずっといるとしたらどうだろう
時間をかけて少しずつ眺めが変わっていくというのは
どういうものなのだろう

姿や形がない風が移ろい続けるのは仕方がない
同じところにずっといるなんて叶うことではなかった

今度は雨とダンスを楽しむ
できないことよりも できることを楽しむように

―遥か彼方の時を経て―

山は段々と細くなっていった
数えきれないほどの年月を経て

山は風に削られていった
眺めもだんだんと低くなってきた

自分よりも高い山が彼方に見えていた
低くなるということは自身が失われているということだった

風が削っているということは知っていた
山は構わなかった
なるようになるだけだと分かっていた

山を越えても 風はどことなく寂しそうだった
「ついに超えてしまったね」

「歳月(とし)には勝てないさ」
山は焦ることもなく言う

風は世界を動き回るので夜と朝を巡る
時というものがよく分からない

山は同じ場所にいるから
太陽と月の巡りを数えて月日を数えることができる

風は山と出会った時がどれくらい前か覚えていない
まだあの海はできてなかったと 山は懐かしそうに振り返る

風が驚いて
山は笑う

とても楽しそうだから
風はますます山が羨ましくなってきた

山は答える
「君は君らしくあればいい」

山も風が羨ましかった
「今を生きればいいんだ」

世界にはまだ知らないことが沢山あることが
山にはとても楽しくて 愛しかった

木々がさわさわといつになく優しく揺れて
砂漠の砂がさらさらと美しい風紋を描く

山は風に語りかける
「いつか塵に還る時が来たら君の旅を見せて欲しい」

ここにいつもと変わらず山がいることが
とても大事なことだったのだと風は知る

風は山に約束する
「その時は世界を一緒に見よう」

風は自由な旅人
移ろうことも 移ろわないことも

長い年月が経った

山脈が台地へ

平地へと姿を変えていく

もうあの山はどこにもない

山頂の氷河が溶け出し
山を下り

森と砂漠に川となって降り注ぎ

砂漠は湖に

森は大量の水に流されて

草原となった

鏡のような湖を抱くように広がっている

山がないことに風は寂しがることはない
失う存在とさえ共にいられることを知っているのだから

返答詩集 出逢いと旅 別れと続く道
「続ける意味」

大地の道と空に描いた道は 歩むほどに隔たっていく

手から零れて 木の葉のように空へと舞い上がり
追いかけて 手を伸ばしても 空の彼方へと消えてしまう

進むべき歩みが 彼方の地平に沈む夕陽のようだった

振り返っても 来た道はもう分からなくて
どこへ行けばいいのか 縋りつくように走り続けて
開いた手を握る温もりはない 風さえも冷たくすり抜ける

腕はもう上がらない
足はもう進まない
心は重すぎた

視界は歪んで見えなくなって
光さえも沈んで消えてしまった
足下に滴が零れる 真珠のように弾けて 砕けて

散りばめられた光のようだった
――闇夜に光……
見上げた夜空に星が瞬いていた

彼方へと消えたのではなく 星になって消えない光になった
握りしめれば 奥底で鳴り響いている

傷ついて 泣いて 目を閉じて
眠りにしか安らぎを見出せなくても
光は射し込んで 歩みは続いていく

道はどこへと続いていくのかも分からない
どこかに辿り着くための歩みではなくて
きっと歩み続けるためのものだから

信じられるものがまだこの世界に残っている限り
見えない輝きを信じて歩み続ける
信じ続けられるほど強くなくても

ぼろぼろの手足を引きずって
千切れた心を拾い集めて
決して消えない光を握りしめて

きっと呼吸は続いていく

# 5
星の欠片 心の断片
二部 星と心
二章 光の欠片

心に触れてしまうと どうしようもなく
涙が零れて 記憶が溢れて

心が分からなくなってしまう

終わったと思っていた
時間なんて関係なかった

出会ってからが本当の始まり

救われなかった過去の痛み
零れ落ちた未来への願い

すくい取れなかった分だけ
聞こえない声に触れていく

欠片を拾い集めた分だけ
止まった時計は動き出す

彼方の傷が輝いて星になるように
未来を照らし出す光のために

力のなさに泣いたあの夜から
自分を変えたくて一生懸命に生きてきた

過去は消えなくて 簡単に変わることなんてできなかった
残り続けていた傷は 同時に自分の欠片だった

応えるために必死だったのに無理だった
本当は許されたいだけだった

生きていたいのに 苦しくて
生きていくことしか できなくて

頑張るほど上手くいかない

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