4 7 詩集 返答詩集 日記詩集  おまけトーク(腐らないでいこぜ)




彼は宛もなく彷徨う旅人
街を渡り歩く 移ろい続ける風

陽の移ろいと景色が 心を留めた場所に
風呂敷を広げ 作品を並べ佇む

時間と場所の何が 足を止めさせたのか
心に引っかかったものを探すために

ここは広く 人の足音はリズミカルで疎らだった
話し声 通り過ぎる車 鳥の囀り 木の囁き 風の音
全てが 広がる空に 飛び立ち 吸い込まれ 消えてしまうようで

太陽の光に照らされ 通り過ぎた人の横顔に
涙が地面に落ちた瞬間に 得体の知れないものを見る

報われない悔しさ 伸ばした手が届かない失望
愛しい人に見た救い 何気ない花に降り注ぐ勇気

―――ごほっ…

彼は突然何度か咳き込んだ
彫刻刀が手から零れる
口元を押さえた掌に血の跡が残っていた

一体いつまで生きていられるだろう
傍にあった黒いハンカチで拭き取る

残したものは誰かの傍に居続けられるだろうか
並んでいるいくつかの作品を見つめた

子犬を買っていった女性を思い出す
浮き上がっては沈んでいく記憶の断片に何かが引っかかる

掴もうとしても届かない 靄がかかっているかのように
一瞬見えたように思え―朧に…淡く…霞み―消えていってしまう…

おもむろに木片を取って削り出した
今のが何であったのかを知るために

ぽっかりと空いたような時間に取り残される中で
何かを掴もうとするかのように

いつの間にか太陽の移ろいも意識から消えていく

「――あの…」
投げかけられた言葉は木々がざわめくように
水面に波紋を広げて 彼の意識を呼び戻す

目の前にいたのは
犬の像を買ったあの女性だった

ある作品に目を留めた時
彼女は凪いだ海になったかのようだった

「…これは―」
先日の夢で見た中で象った一枚の絵

夕日が差し込む
辺りは柔らかな光に包まれる

客足は彼方の雲のように疎らで
喧噪は夜空の星のように静かだった

彼女の声はなぜか小さくても聞き取ることができた
流れる風が 言葉を届けてくれたからだろうか

太陽の光が彼女の涙を真珠のように照らしていた

「風と月」

稲穂が夜風に安らぐ宵の頃
満月が微笑み水田に姿を現す
風が緩やかに撫で 水紋が広がり 緑と戯れる

果てしなく広がる田園
たゆまぬ日々の営み

時を絶やすことなく
自然の恩恵を受けながら

見守られて 命は育まれていく
木のように 花のように

見守るかのように
地蔵がうつむき手を合わせ
豊作を祈る護り人

両腕で抱くように桜の枝が垂れ下がる
日々の営みと旅路に幸を願う隣人のように

水面に映る花片 風に揺られて落ちて
小波に揺れる ふわりと舞い上がり

風の両手が空へとすくい取るように
彼方へ消える 月夜の元へ旅立つように

「とあるお店にて」

ⅱ・大切にしたいもの

お店の匂い 店員の息遣い 醸し出す雰囲気
語られなくても肌で感じる 心で受け取り 自らの心に語りかける
働く人たちの 大事にしたい何か 触れる人へ 届けたい何かを

届けたいのは
この世界に生きる自分そのもの
抱える想い 秘めた願い

「仕事だから」という理由や「このくらいの給料だから」という理由はない
自らの生み出す何かに対する「これくらい」という手抜きや
受け取る誰かへの「あなたなんてこんなもの」という投げやりな態度でもない

大切にしたい何かを
誰かに届けたいと願う
シンプルなもの

情熱が 人が人として生きる営みを彩り
願いが 生み出す全てに息づいている
人の生き方が 働くという形で現れる

自分自身として生きているだけで
眼差しが 指先が 言葉が――確かに伝えている

語る言葉がないとしても 大切にしたい何かを
宿る想いを 心に感じる温もりを

人は出会いを通して
大事にしたい何かを探している

「散りゆく言の葉は 儚い花」

言葉を消すことができても
想いを消すことはできなくて

想いは溢れて何を伝えればいいのか分からなくなる

言葉にするのは簡単なのに
どうして伝えられないのだろう

言葉は移ろい すぐに揺らいでしまうから
何のために言の葉は散っていくのだろう

心だから 空っぽの言葉に触れると哀しくなる
どうでもいいと想っても 言葉はいくらでも紡げてしまう

想いなんて形が無いから簡単に変わってしまう
見えないからいくらでも求めてしまう

どんなに伝えたいと想ったとしても
言葉にした瞬間に過去になって消えてしまう

無くさないために
この想いを胸に抱くために言葉にして

不安でも 苦しくても
信じられるように

信じられない時はまだ芽を出していない
時間をかけて育まれる花

放った想いはどこへ行くのだろう

何が伝わるのか分からなくて
受け取る言葉なんて選べなくて
届けてくれる誰かがいる

いつだって言葉は掴めない
風に踊って手をすり抜ける
掌に残るものなんて僅かだから

風が心を運び導いてくれる
咲く花が想いを受け止めて
足元に咲いてくれる

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