どこまでも遊軍でいたい
つくづく自分は、ひとの上に立つことには向いていないなあと思う。
よく「部下に仕事を任せられないダメ上司」という話を聞く。わかるわかる、と部下の立場で思いながら、けれどきっとわたしも、組織にいたら典型的なダメ上司になるんじゃないか、ならない自信がない、と思っている。
そんなわたしは組織に向かない。
組織で働いていた経験はもちろん年単位であるのだが、いちど個人で働く形を経験してしまうと、あの状態に戻りたいとは思えない。そして組織のほうも、わたしみたいな自分勝手な人間は扱いづらくて願い下げだろうし、万が一不運にもわたしの部下になんぞなってしまったひとがいたら、相手に申し訳なさすぎるストレスでやっぱりわたしから辞めそうだ。
いや、好きなやり方でやったらいいと思うよ。わからないことあったらググったらいいよ。それくらいしか言える自信がない。
自分のやり方を参考までに説明することはできるけど、「ひとには向き不向きがある」という理論がわたしのなかにものすごい割合で鎮座しているので、目の前の部下さんにはきっと部下さんにとって最善のマイ・ウェイがあるに違いない、と思い込んでいる。教えられることなんてなにもない。行けよマイ・ウェイを。
そんな上司はどうだろう。飲み屋で会うぶんにはまあ楽しめるかもしれないが、日々仕事をともにする上司としてはきっとアウトなんだろう。
つくづくわたしは組織に向かない。
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そういえばずっと前、フリーランスになってからあるチームで仕事をしていたとき。新しく入ってきた方に向けてちょっと教育的な役割をたのまれたことがあった。
いやいや、そういうのに向かないから個人で働くスタイルを選んだのに、あれおかしいぞと思いながら、でも仕事なのでがんばって取り組んでしまった。取材のノウハウをわかりやすくまとめて共有したり、あがってきた原稿に対してていねいにアドバイスしてみたりするのだが、これがつらい。
つらさには2種類あって、ひとつは、「あかん、自分で書きたい」と思ってしまうつらさ。これは典型的な「ダメな上司」タイプである。任せて育てる度量がなく、なんでも自分でやってしまおうとする感情のあらわれだ。
そしてもう1種類は、「そもそも自分なんかが指導もどきをしていいのか」「これは自分の方法であってわたしの主観なんだから、相手の役に立つとは限らないのでは」という感情である。
さっき出てきた「行けよマイ・ウェイを」精神がわたしの根幹にはずうっとはびこっているので、だれかの何かを自分ルールにのっとって変えてしまうことにはかなり抵抗がある。おそらくそれをせず、本人の良さを最大限に活かしながら良質なアドバイスをして伴走するというのが有能な編集者さんだと考えているのだが、悲しきかな、わたしにはその才がないのだと思う。
自分はこうしたほうがいいと思うけれど、いや、絶対こうしたほうがいいと思うんだけど、それってわたしのマイ・ルールなのか、それとも全想定読者にとってそうなのか、たぶんそこの線引きがうまいことできていない。だから口出したいけど口出したくない、そんな宙ぶらりんの気持ちで誰かを指導するということが、ものすごいストレスになってしまう。
いや、わかんないよ。わたしはこう思うけどさ。いや、でもあの、わたしがそう思うだけだからほんと。わかんないけどね。だからあなたがどう思うかで決めちゃってよ。
見方を変えればただの責任逃れみたいなもんだ。我ながら、このひとについていきたいとは思わない。
ほんと、つくづく、人の上に立つことには向いていない。
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こんなことをつらつらと考えていたのはなぜかというと、昨夜、第5回note福岡meetup「noteについて語らう夜」が開催されたからだ。話はだいぶ飛ぶようだが、わたしの脳内ではぼんやりとつながっている。
池松さんが発起人となり、昨年の9月から開かれていたnote福岡meetup。今回はちょっと単発で趣向をかえて、わたしのnoteで告知文を書かせてもらった。その流れでとりまとめ役をすることになったのだけど、当日やったのは「飲み会の幹事」くらいのことだと思う。
「場をしきる」ようなつもりは、はなからまったくなかったし、その必要もないだろうなと思っていた。
というか最初乾杯のときに一応ひとことだけ挨拶をしようとして、「お集まりいただき」すらまともに言えずいきなり噛んで、その瞬間、ああやっぱりわたしは、人の上に立つのはつくづく向いていないよ、と改めて思った。いや、意外とむずかしくないですか? オアツマリイタダキって。
グループワークも、何かの参考になればいいなと思って各テーブルにnoteにまつわるテーマを書き出した簡単なシートは配ったけれど、あとは各テーブルにお任せ。
福岡市美術館“中の人”だった人さんは急な案件で来られなくなってしまったので、そのテーブルは急遽、第1回から来られていたミチクサ @ボタニカルジュエリーさんにまとめ役をお願いした。ミチクサさんは何も動じずさっと引き受けてくださって、とても素敵だった。池松さんのテーブルの安定感は言わずもがな。初めて参加された方も、より近い距離感で池松さんの圧倒的熱量を感じられたのじゃないかなと思う。
noteを介した集まりだと、このフラットさが自然と存在する。だれかが上に立ってひっぱらなくても、みんなが自走できるようなイメージ。
最近noteをはじめたばっかりの初心者noterさんも、長く書き続けてこられたベテランnoterさんも、どちらも入り混じって会話ができる、これで平和的に場が成立するってすごいことだよなあ、ひとえに集まってくる方々の力だなあ、なんてぼんやり思っていた。
ときどきぼんやりしすぎていて、話していて上の空のように感じたひともいるかもしれない。たぶん脳内が小旅行をしていたので、どうか許してほしい。
今回はけっこう、初めて参加された方も多かった印象だけれど、初めて参加された方もちゃんと楽しかっただろうか。うん、いろんなひとに会えたしnoteの機能もいろいろしれたしけっこう楽しかったよ、って思える場だったら、うれしいのだけれど。
そしてわたしは、遊軍にもどる。
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ところでこれを書きながらいまふと思い出したけれど、小学校のときはなぜか積極的に学級委員になっていたような記憶があるし、中学、高校の部活や大学サークルではまわりからの推薦で学指揮や副部長なんかをやっていた。いま思えば不思議だ。一番自分が不思議だ。ひとって変わるもんだ。
いまや母という立場になったけれど、がんばって親というポジションを演じているという感覚のほうが近くて、どちらかというと本音は、こどもと一緒に遊んでいたい、むしろ遊んでもらいたいと思っている。まちがっても、指導者というポジションには永遠になれそうにない。