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育児とビールと雨の街

先週の金曜日、ひさしぶりにやけ酒というものをした。

ふたりで乾杯しよう。そう言って買った冷蔵庫のプレミアムビールは、こんなふうに飲まれるはずじゃなかった。

* * *

その日はそもそも、ベースとなるコンディションが悪かった。

前週に続いてその週も夫は出張で、祝日だった月曜日の早朝から金曜日の夜中まで、まるっといなかった。

一度だけ、娘のいる時間にビデオ電話をつないだけれど、初日以外はこちらのようすを聞くひとことのメッセージもない。「いそがしいんだろうなあ」とは思うけれど、娘のようすが能動的に気にならないのがわたしの感覚としてはとても不思議で、いつもそこに温度差を感じてしまう。

いまにはじまった話ではないから、そんな気持ちはもうあきらめのような気持ちでぐるぐるとくるまれている。なくなったわけではない。意識するとつらいので、そこにあるけれど、くるんで見てみぬふりをしているだけだ。“気持ちを飛ばしてくれるだけで、同じ状況でも全然違うのに”。そんな思いが顔を出しそうになるたび、フタを押さえるようにむぎゅりと押し込める。

金曜日は、そんなワンオペデイズの5日目だった。いまは保育園にも通っているし、0歳のころとは比にならないほど格段に楽になった育児だが、それでも自分しかいないと常に気が張っているので、朝や夕方は余裕がなくなってついイラッとしてしまう。

ふたりいれば気にもとめない、むしろ笑って見ていられるようなこと――たとえばわたしがゴミ箱に捨てたしょうゆの瓶を何度も拾ってもとの収納場所に戻そうとするとか、ふりかけの袋をあけてザーッと床にばらまくとか、なみなみと入ったお茶をふっとばして床にみずたまりができて、それを手でたたいてパチャパチャ遊んでいるとか、そういうちっぽけなことも、ひとりだけでいると薄く薄く、ストレスが積もってゆく。

いちいち怒ると自分も疲れる。それを知っているから、なるべく怒らないように、と気持ちを飲み込んでたんたんと処理してゆくのだけれど、積もったストレスはあるときこぽっ、とあふれてしまうのだ。

その前夜も、食事の後半に味噌汁を具ごとひっくり返されたばかりだった。しかも、いつものダイニングテーブルで食べることを嫌がったため、気分を変えようとリビングで食べさせていた。結果、まわりのおもちゃにかかりまくり、カッとしてつい大声で怒鳴ってしまった。そして自己嫌悪。

そんなのの繰り返しだ。

* * *

ついでに金曜日は、朝から自宅に工事が入っていた。

お昼ごろには終わります、と聞いていたはずの工事。12時半ごろ、業者のひとたちが「お昼いってきまーす」と言うので、あれ?と思い聞いてみたら当然のように「あと3時間くらいっすかねー」と言われる。「お昼ごろに終わると聞いていたんですが」と言ってみると「へえ、それは一体だれが……(俺たち知らねえし)」という反応をされる。

わかっているよ、わかっているよ現場のひとが悪いんじゃなくて、連絡係に不備があるんだよね。そんなふうに理解のあるおとなのふりをして、もやもやを飲み込む。むぐむぐ、むぐむぐ。

朝、入ってくるなり「トイレ借りていいっすか」と我が家のトイレを使った業者のひとは、1回目にどうぞと言われたからもう大丈夫と思ったのか、昼休憩から帰ってくるなり「トイレ借りまーす」と疑問形ですらないことばをつぶやいて我が家のトイレに入っていった。

外で休憩してたなら、すませてこいや。反射的にそう思いながら、これくらいいいじゃない、なんて心のせまい、ともうひとりの自分がつっこむ。そして飲み込む。むぐむぐむぐ。おとなのふりをして、おとなになれないわたし。

* * *

やけ酒へ直結する極めつけの事案が起きたのは、夕方、娘のお迎えのときだった。

晴れていれば自転車で送迎しているのだが、その日はあいにく雨。わたしはバスに乗って園まで迎えに行き、帰りはもう、タクシーを使って楽をしようと思った。園からバス停まで遠いし、寒さと雨の中、遅れがちな夕方のバスを子連れで長時間待つのは大変だと思ったからだ。

もう今週は疲れたし、ちょっとくらい楽をしよう。そう思ってタクシーを利用しようとした、はずだった。

レインポンチョを身につけ、てるてる坊主のようになった娘と手をつなぎ、「空車」表示のタクシーに向かって手を挙げる。タクシーは、わたしの右手側からこちらへ向かってきた。

そしてそのまま、止まることなく、左側へと走り去っていった。

あれ? 手を挙げたの、傘でわかりづらかったかな。おかしいなと思ったが、もしかしたら何か事情があったのかもしれない。そう思い直して次のタクシーを探す。

タクシーは何台も通るけれど、雨だからすでに客を乗せているものも多い。「ごめんね、ちょっと待っててね」。雨の中で佇む娘に話しかけながら、車道に目を凝らす。

向こうから向かってくるタクシーの中に、ふたたび「空車」表示を見つけた。先ほどの反省を活かして、こんどははっきりと、手を挙げる。

が、その1台も当然のように、手を挙げたわたしたち親子の前を通り過ぎて行った。

通り過ぎるとき、思わずどんな顔で運転しているのかと、運転手の横顔を見た。マスクをした彼は、何も見えていませんとアピールするように、ハンドルにやたらと近づいて前かがみで運転していた。

これはもう、勘違いではない。そうか、乗車拒否というやつをされている。

雨だから、商売として稼ぎどきなのは理解できる。小さな子ども連れだから、近場で利用されると判断されたのかもしれないし、濡れた子どもを乗せるのがイヤだと思われるのかもしれない。もっと長距離の“優良顧客”をのせるために、駅など目当てのスポットがあって、そこへ向かいたかったのかもしれない。想像はいくらでもできた。

想像はいくらでもできたけれど、小さくてやわらかくて、あたたかくてちょっと濡れた娘の手をにぎっているわたしは、ただ単純に、くやしかった。ごめんね、母ちゃん、タクシーもつかまえられないみたい。もういっそ、バスで帰ったほうがどれだけ「疲れなかった」だろう。

「次、止まらなかったらもうバスで帰ろう。もうちょっとだけ待ってね」。

ひとりごとのように娘にそうつぶやき、もう1台だけを待つ。

「空車」表示を目にして、手を挙げた。止まった。

よかった、止まってくれた。思わず客ながら「ありがとうございます!」と言って娘を抱き、乗り込む。

だがホッとしたのもつかのま、タクシーの運転手はあからさまに不機嫌だった。入った瞬間、歓迎されていないピリッとした空気を感じとった。

わたしが行き先を告げると、運転手はさらにイラッとした。車線変更の難しい位置だったのだと、無理やりハンドルを切って舌打ちした運転手を見てから気づいた。それはこちらに非があった。でも、イラつかれるくらいなら、「ここから車線変更厳しいんでちょっと回りますね」とか言って、少しくらい回り道してくれたってよかったのに。

そのあとはもう、詳細な道順を告げるときも、「あぁ」「あぁ」というぶっきらぼうな相槌しか返ってこなかった。もうなんというか、あからさまだった。これだから嫌だったんだよ、女子どものせるのは。直接言われてはいないけれど、ピリピリとした車内の空気がそう言っていた。

2台連続の乗車拒否と、3台目の運転手の冷たい対応。心はとっくに折れていた。何より、この空気感のなかに娘がいるということが悲しかった。

でも膝のうえに娘を抱いていたから、わたしはなんにも気づかないふりをして、つとめて明るく娘に話しかけていた。そうしていることで、たぶん必死に冷静さを保とうとしていた。

「今日の夜、パパ帰ってくるよー」。ちょっとでも気分をゆるめたいと、わざと語尾を伸ばしてそう言うと、娘はパッ、と目に力をこめた。

「明日の朝、会えるよ。楽しみだねえ」

娘に言いながら、自分に言い聞かせて、気持ちを保っていた。

* * *

冷蔵庫のビールに手を伸ばしてしまったのは、その直後だ。

ほんとうに、その美しいラベルの特別なビールは、わたしにこんなふうに飲まれるはずじゃなかった。

そもそも、わたしは妊娠・出産を経て、卒乳してからもめったにビールを飲まなくなった。そんななか、とてもひさびさに、ちょっと楽しい気分でビールが飲みたくなって、夫と一緒に乾杯しようと思って選んだ、特別なビールだったのだ。

2人で飲もうと思っていたから、それは500ml缶だった。

330ml缶ですら普段は飲みきれない自分(むしろ焼酎や日本酒にいきたくなる)にとっては、最初から飲みきれないことがわかる。

だからこそ、夫が不在のこの5日間は開けるつもりなんてなかった。当然、夫と2人でいるタイミングで開けようと思って、手をつけずにいた。

でも、限界だった。ああ、飲みきれないんだろうなと思いながら、でも迷うことなく、素直にビールに手が伸びた。もう、いいよね、今日は、いいよね。だれに許しをこうたのか、流れるような所作でプシュリとタブを開け、直接缶に唇をつけ、ごくごくと喉に流し込んだ。

空っぽの胃に、久方ぶりのビールが、流れ込んでゆく。プレミアムビールの、まろやかな泡が。

“くやしい、くやしい、くやしい”。

“九州だから? 女だから? 子連れだから? 雨だから? わたしだから?”

 “せっかく好きになりかけてきたこの街を、嫌いにさせないでくれよ”

そんなことがぐるぐると頭の中をまわりながら最初はごくごく飲んでいたけれど、途中からどうでもよくなった。ひとりで500ml缶の大切なビールを開けてしまったことで、何もかもどうでもよくなった。

それでも娘のことだけはどうでもよくないから、台所で立ってビールを飲みながら、わたしはわたしのお姫さまに、いつものように庶民的な料理をサーブした。ほろ酔いで娘の世話をするなんて、褒められたもんじゃないだろう。でも不思議と、いつもより和やかだった。

ぼろぼろと食べものをこぼされても、全然気にならなかった。なんだかわたしが笑っているから、娘も落ち着いてごはんを食べていた。こんなに平和なら、いつもほろ酔いくらいがいいんじゃないかとすら、思った。

* * *

今日くらい全部飲んでやろう、そう思って意地になって飲んだけれど、結局500ml缶は飲みきれなかった。

3分の1ほど残ってしまったそれを捨てるのがなんだか忍びなくて、食卓にそのまま置いて、寝た。

深夜3時ごろ、ふと目が覚める。

娘ごしに横を見ると、出張から戻っているはずの夫が、まだ布団にいなくてどきりとする。帰りの飛行機はもうとっくについているはずだ。何かあったのだろうか。

気になってリビングへ行ったら、真夜中のリビングで夫が黙々と仕事をしていた。なんかちょっとトラブっているらしい。長距離移動で疲れてるだろうに、大変だ。

「あ。残ってたビール、もらったよ」

ふいに言われて、やけ酒のことを思い出す。

いろいろと聞いてほしいことがたくさんあったけれど、疲れているひとに話すことを考えるだけでこちらが疲れた。今じゃなくていいや。

ああ、みんないそがしいんだなあ。

眠い頭で、ぼんやりとそんなことを思った。

* * *

冷蔵庫のプレミアムビールは、こんなふうに飲まれるはずじゃなかった。

いつか恋人だったときみたいに、とりとめもない話をだらだらとしながら、笑い合ってふたりで飲むはずのビールだった。仕事や子育てや、これからの暮らしに関するいろんな雑談を、ビール片手にしたかった。日々の暮らしをなんとか回すための必要事項の伝達じゃなくて、たまにはゆっくり乾杯して話をしよう。そう思ってめずらしくわたしから「買おう」と言った、大切なビールだったのに。

ほんとうに、あのビールはこんなふうに飲まれるはずじゃなかったんだ。

自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。