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むすめ2歳の入院日記(16)術後13日目

9月10日(火)晴れときどきくもり

朝、パパと娘のビデオ通話。娘はひさびさにパパと話せて嬉しそう。昨日歯科でもらった、丼もののイラストがたくさん描かれた折り紙や、そらまめくんの絵本などをスマホに向かって「みて〜?」と見せている。

たっぷりのオムツを変えて、体重測定へ。ほぼ毎日、100gくらいずつじわじわと増えている印象。飲み込みのスピードは遅いけれど、量はしっかり食べられるようになってきたからかな。まだ術前の体重には戻らないが、このまま食べていければ直に戻ってゆけるかなという見込み。

朝食はふりかけごはんだったが、やはり口の中でずうっともぐもぐしてゴックンできず、食べるのにものすごく時間がかかる。

8時に朝食が配られ、8:40ごろに突然、看護師さんがドアをあけて「採血なので移動おねがいしますー」と言う。うおう、今? とびっくり。

「あの、すみません、まだ食べてるのですが……」「あー。どのくらいかかりそうですか?」「うーん、もうぼちぼちかとは思うんですが……(量は少ないけど、ここ数日異様に飲み込めないからわかりづらいなあ)」「じゃあ食べ終わってから、処置室前におねがいします」「はい……」

うーん、だいじょうぶかなあと思いながらも、とりあえず食事を続行する。

だって「ごちそうさまする?」と聞けば「いや。まだ、たべる」と言うのだ。これから楽しい遊びに連れていくならまだしも、泣き叫ぶことがわかっている痛い採血に連れていくのに、まだ食べたいごはんを強制終了するなんて悲しすぎる。痛い採血に挑むからこそ、ごはんくらい存分に、自分のペースで食べさせてやりたいのだが……。待たれているのは落ち着かない。

10分くらいたったころ、また同じ看護師さんが呼びにくる。「どうですか〜。いけそうですか?」と。ちょうど娘は母に催促され、最後のひとくちをかきこむようにして口に入れたところだった。「一応いま、口の中には入ったんですけど。まだ飲み込めてなくて」「じゃあそれゴックンできたら、きてくださいー」「はい……(ゆっくり食べさせてほしいなあ)」

あとはこの口の中のものがちゃんと飲み込めれば、移動はできるのだけれど。でもここ数日の背景から考えると、それが異様に長いのだ。永遠に飲み込まないのかと思えるほど、ずっと口を小さくもぎゅもぎゅとしている。お茶を飲ませてみたり、かみかみ、ゴックンだよ〜と声をかけたりしてみるのだが、口の中はいっぱいのまま。

うーん、それにしても。おとといも、昨日も、娘の飲み込みの時間が異様に長くかかるということを、複数の看護師や医師にに相談してきている中で、ごはん中に急かすように採血呼びに来るのだなあ、とまたもやもやしてしまう。なぜ朝ごはんから、こんなに急かされなければいけないのだろう……。

それからまた5分ほどして、看護師さんが呼びにくる。「どうですか〜?」思わず、「すみません。いま、飲み込みにすごく時間がかかるので……」と返す。看護師さんも医師の指示とわたしたちの板挟みかもしれないけれど、わたしだって医療スタッフと娘との間で板挟みである。うん、わかるよ、仕事としてはぱっと終わらせて次いきたいよね。いや、わたしだってそうよ。

結局最後にもぐもぐし続けていたおかずは繊維が多かったからか飲み込めず、こちらが促して、口から出して捨てることに。それでも全部はかきだせず、まだ口の中に結構残っている……。でも、4度も5度も呼ばれるのもストレスなので、嫌がる娘を抱っこしていったん処置室前へ。

「あの、まだ口に残っているんですが……お急ぎみたいだったのでいったん連れてきました」「あー」「もし後でも大丈夫だったら、もうちょっと落ち着いてから後で連れてきたいんですが」。そう言うと中でなにやら確認し、「先生あとで大丈夫なそうなので、あとで大丈夫です!」と言う。この状態で預けることにならなくてよかったとホッとする反面、それなら早く言ってほしかった……という思いが交差して、結局もやもや。

いったん病室へ戻り、しばらく存分にもぐもぐさせ、口の中がからっぽになったのを確認。すでに処置室前へ連れていかれ、これから痛いことが待っていると感づいている娘のからだをなでながら、声をかける。

「娘ちゃん、明日ね、おうちに帰れるんだよ。明日おうちに帰るためにはね、娘ちゃんげんきになってるかな?って、今日チックンして、血を見て検査しなくちゃいけないんだって。だからおうちに帰るために、最後のチックン、がんばろうか?」

今にも泣きそうな顔をして、静かに「いや……いや……」とつぶやく娘。うん、もう何度も何度もしてきたからね。どんなふうに体を拘束されて、どのくらい痛いことが待ってるのかもわかってるからね。ふだんは聞き分けのよい娘もさすがに、なかなか「うん」とは言わない。内容がわかっている証拠だな。

結局完璧に説得しきれないまま、抱っこで処置室前へ。イヤイヤと暴れる娘を前に、ダメもとで「いっしょにいてもいいですか?」と聞いてみる。その看護師さんは「いいですよー!」と言ってくれ、よかった!と思いそのまま処置室内へ。ぐるぐると体を布で拘束されてゆく様を見る。まあ痛々しいけど、必要な手順といわれればしかたないし、そばにいることで安心してくれるなら母もそっちのほうがいい。そう思ってそばに立っていると、結局途中で医師に「じゃあお母さんは出ていてもらおうかな」と言われてしまう。やっぱりか。

ほんと毎回思うんだけどこれ、衛生・安全上の問題がない範囲では希望制で立ち会えるようにしてほしい。かわいそうだから見ていられないでしょう、クレームが出ないように、という気持ちもわかるけれど、でも、我が子がどんなことをされているのか、手順も含めてきちんと知っておきたいという気持ちもあるのだ。たとえば、普段かかりつけの小児科では採血の現場に立ち会える。見てて痛々しいけれど、置き去りにするよりはよほど気持ちが楽だ。

うーん、だめだ。一個不信がはじまると、こうして雪だるま式に、ささいなことがどんどんと気になって不信感が高まっていってしまうのだなあと、壁の隅のほうから第三の自分が自分を見下ろして言う。ふう。冷静さをとりもどしとかないとあかんな。深呼吸しとこう。

採血が終わってからは、もう今日はほぼフリー。昨日の夕方に「明日退院でもいい」と言われていたくらいなのでそれもそうか。

午前中はプレイルームで遊ぶ。2度目のプラバンづくり。前回はプレイルームデビューで娘が緊張していたこともあり、わたしがイラストの輪郭も色塗りもほぼやってしまったが、今回は輪郭のみわたしがやって、色塗りは娘に一任することにした。娘が選んだイラスト素材はドキンちゃんとコキンちゃんのツーショット。芸術は爆発だ!みたいな感じで、輪郭線をまったく無視した現代アートのような作品がしあがった。

色塗りを終えたプラバンはオーブントースターで焼くところを一緒に見せてくれるのだが、熱せられ、じわじわとやわらかくなっていって、ある一瞬に「ひゅっ!」と縮まって小さくなってゆく様をみるのはなんだか快感。生き物みたいでおもしろい。

途中でばあばが来てくれ、病室で待機していた。「プラバン、ばあばに見せよっか」と言って部屋にもどる。じょうずにできたねえ、とたくさん褒めてもらってまんざらでもなさそうな娘。

お昼ご飯はチキンライス。

好きな味だろうからよく食べていたが、やっぱり途中からはスピードも落ちて、耐久レースアゲイン。しかも目がとろんとして眠りかけながら食べている。途中で漏れに気づいてオムツを変えたり、ベッドに寝かせて小休憩させたりしつつ。結局眠らず、「まだ、たべる」と言って再び食べる。

ひとねむりするかなあと思い、横に寝そべって絵本を読むが、寝ず。そうこうしているうちに目的の時刻が近づいてきた。そう、実は今日は、病棟の共用スペースに20分ほどだけ、“しまじろうがやってくる!”ことになっている。少し前からプレイルームの入り口に予告がペラリ、貼られていた。

この鎖国的環境の中で貴重な外部のエンタメ。我が家はべつに娘がしまじろうファンなわけでもないのだが、せっかくの機会なのでもちろん見にいく。「娘ちゃん、今日しまじろう来るんだって、みにいこう」と誘うと「しま、じろー?」とたどたどしく繰り返す。どうやら楽しい誘いであることは伝わっているらしい。

会場のデイルームに行くと、机が撤去されて椅子だけが並べられており、病棟内からそれなりに人が集まってしまじろうの登場を待っていた。しまじろうとお姉さんがあらわれて、目の前でダンス。その後も一緒に手遊びうたなど。時間は短いが、至近距離でしまじろうが見られる、というだけで入院生活においては十分すぎるエンタメだ。

娘はというと、初めて見るきびきび動く黄色いトラにだいぶフリーズしている。そしてダンス中は、しまじろうもそうだがむしろ、後ろに勢揃いした保護者や医療スタッフがぞろりとスマホ撮影しているようすのをほうを、物珍しそうに観察していた(笑)。

それでも興味がないわけではないらしく、イベント後の撮影タイムでは、わりと積極的にしまじろうに近づいて、肩を抱きかかえてもらってパシャリ。

部屋に戻りかけながらばあばが「しまじろうにバイバイできた?」と言うと、バイバイはしていないと思ったらしい娘は「ばいばい、して、ない!」と言い、なんと来た道をもどりはじめた。

他の子たちの撮影タイムが終わるのを待って、「バイバイしたいといって……」とばあばが切り出すと、快くバイバイして、タッチして、しかも大きくハグしてくれた。「ありがとう、したら?」とばあばに促されると、くるりと向き直って「あーと」と頭をぴょこり。お礼も言えて、よかったね。

あとからちょっと調べたら、このしまじろうの病院訪問プロジェクトは、「いっしょに笑おう☆キャラバン」という名前で、ソニー生命×こどもちゃれんじの企画らしい。もちろんPR的要素で立ち上がった企画だろうと思うけれど、受け手としては例えばその場で保険を勧められたりすることもなく、気持ちよく参加できたのが嬉しい。こういうのが全国展開でできるのってやっぱり大企業の強さだよなあなんて、へんなところに感心するわたし。すっかり恩恵を受けて、楽しかった。ありがとうございます。

部屋に戻り、娘を数日ぶりのシャワーに入れる。その後、ばあばがいてくれるうちにわたしも早めのシャワー。

おやつは牛乳とキャロットケーキ。食べている途中にばあばとバイバイ。

おやつを食べた後は家から持ってきた長い付き合いの絵本『しりとりあいうえお』を隣で読んでいたら、途中ですうと寝た。

夕食はキャロットケーキの影響か、あまりおなかが空いていない印象。めずらしくおかずもたくさん残して、ごちそうさま。でも白ごはんは(ばあば作の、わたしのおべんとうに入っていたオクラのおかか和えを欲しがったのでそれを少々混ぜたら)完食した。やっぱり病院食に飽きたのかなあ。明日から家のごはんで食欲が戻るといいけど。

久々に早々に夕食を切り上げた娘。また「あそぶおへや、いこーう」というので、プレイルームへ。ブロックや魚釣り、おままごとなど一通りじっくりと遊んで、ようやく部屋に戻る。目をごしごしこすっていて眠そう。

歯みがきをして、オムツを替え、絵本を3冊だけ読んで、すぐ消灯。最近の定番、となりのトトロを歌っていたらわりとすぐ寝てくれた。もちろんこちらも、引力に勝てずに寝落ち。

また0時過ぎに起きてシャワールーム前でぽちぽち日記を書きながら、明日からは家にいるのかー、と思うと不思議な心持ち。家に帰れてほっとする反面、術後数カ月はまだ不安定と説明されるなか、手術からちょうど2週間でぱっと管理下を離れるのはだいぶ、気持ち的には不安でもある。

それでも家の慣れた環境で、娘がリラックスして、少しずつ回復してゆけるといいなあ。とりあえず明日に備えて、寝よう。連日変なスケジュールで起きているので慢性的に睡眠不足。

(つづく)


自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。