【お題エッセイ】#007 七草粥
“せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ これぞ春の七草”。
こどもの頃は、この言葉のリズムがただ単純に好きだった。
何か、呪文みたいで。
母が「今日は七草粥の日だよ」といって、「春の七草、言える?」と問われると、喜んで歌いながら唱えていた。
意味なんてほとんどわかっちゃいなかったと思うけれど。
* * *
今日は1月7日だというので、朝ごはんに七草粥を炊いた。
土鍋でコトコト。弱火でコトコト。
炊飯器のレシピも見つけたけれど、七草粥といえば土鍋だ、というイメージが私に植え付けられているのは、母が毎年つくってくれた、あの七草粥のイメージがあるからだろう。
お米と水を火にかけて弱火でのんびりと炊きながら、すずなとすずしろを小さく刻み、くつくつと沸き立つお湯で塩ゆでして。
残り湯を再び煮立て、その他の葉物たちもサッと茹でて水気を切る。
そうして気長に待っていると、おかゆがいい感じにとろり、と炊きあがり。
普段よりちょっといいお塩を、パラリ、とひとつまみ。
そこへ茹でておいた七草を加え、かき混ぜながらほんのりと温めて。
鮮やかな緑と、とろみを帯びた白が溶け合う、目にもやさしい七草粥のできあがり。
* * *
土鍋ごと食卓に運び、器によそって、口へ運ぶ。
ひとくち含んで、驚いた。
なぜって、おいしかったのだ。
いや、単純な自画自賛といえばそれまでなのだけれど、決してそうではなくて。何をかくそう私、七草粥を素直に「おいしい!」と思ったことがこれまで生きてきて一度もなかったのだ。
それがどうしたことか、今回はパッと口に入れて、本能が「おいしい!」と言う。
なんなら反射的に、口からも「ん! おいしい!」と言葉が出ていた。
ちょっと考えて、気がついた。
そうか、七草粥を食べること自体、とても久しぶりなのだと。
思えば、大人になって実家を出てからは、年末年始は実家で過ごしても7日までいることはほぼなかったし、ひとり暮らし中は自分だけのために七草粥を用意することはなかった。
そして今、結婚して1年以上経つけれど、七草粥の日を一緒に迎えるのは初めて。つまり私は大人になって初めて、自分で七草粥を作って食べたのだなぁ、と食べてから気がついた。
* * *
正直、こどものころは呪文を唱えるのが楽しかっただけで、七草粥の美味しさなんてわかっちゃいなかった。
味は薄いし、っていうかほぼ具は草だし、母がいっしょに出してくれる鮭や漬物なんかを混ぜてようやく、七草粥ってこういうものなんだな、くらいの気持ちで、“文化”として食べていたと思う。
お正月料理で疲れた胃を休めるためにとか、食べると健康になって幸せが訪れるとか、そういう意味もなんとなく教えてもらっていたけれど、そのために食べる縁起物なのだなぁ、くらいの気持ちで。
それがなんと、今食べてみれば、おいしい。
いやはや本当に、体が欲している味がする。
いまこの季節に、この日に、食べるものはこれだ、というくらい、スッとはまっている。やさしい、温かい、初春の味。
自分でも気づいていなかったそんな変化に気づかされながら、「ああ、おとなになっちゃたよぉ……」と夫につぶやいて、「だねぇ」としみじみ、苦笑しあった。
* * *
離れてもちゃんとやっているよ、と母に伝えたくて、写真つきで母へメール。
「土鍋で炊きました。こどものときはわからなかった七草粥の美味しさがわかる年になりました笑」と添えて。
返信には、「ちゃんとやってくれていて嬉しいよう(^^)」ときた。
どんな短い文にも顔文字や絵文字をかかさない、私よりよっぽどかわいらしくてお茶目な母なのだ(笑)。
* * *
季節のことは、ちゃんとするもの。
決してすべてにマジメなわけでもないし、ズボラで天然なところもある愛すべき母だけれど、そんなふうな“家庭文化の当たり前”を作ってくれた母に、とても感謝している。
せっかく四季のはっきりとしたこんなに美しい国に生まれたのだから、季節の移ろいをしっかりと感じていたい。1年以上の外国暮らしを経て帰国したとき、日本のはっきりとした四季の美しさに心から感動した。
そして、古くから続く文化って、もちろん迷信や商業的に作られたものもあるけれど、それなりに自然や体調にしっくりとくる、季節に沿った意味のあるものもある、と思う。
七草粥の味わいが、今日の体調にスッ、とハマったみたいに。
* * *
自分にこどもが産まれても、その子が七草粥の美味しさなんてわかるのは、もっとずっと、ずうっと先のことだろうけれど。
そして私自身、普段はズボラ母になるのも、ボケたところがあるのも、受け継いでる自覚、満々だけれど。
季節のことは、ちゃんとするもの。そんな当たり前だけは、自分も作ってあげたいな、と思う。
……母のメールには、「いい子育てしましたね!」と返しておいた。
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