娘が1歳半を過ぎてから、夫のパパ成長がめざましくて感動している
娘がまた、風邪をひいた。
昨日からすでにその兆候があったので、夜、夫と今日の動き方について軽く相談はしていた。
私はフリーランス、夫は友人たちと起業した自由度の高い会社で働いているので、娘が保育園へ行けないときはやりくり方法を相談する。
たとえば半日交代制にして、なんとかお互い、いっぱいいっぱいな状態で乗り切ったり。けれどあいにく、今日はどちらも、予定がつまっているもよう。わたしも複数人がかかわる取材なのでリスケはきびしい……。
そんな日はやむをえないので、賛否両論あるとは思うが、我が家は病児保育に遠慮なく頼る。双方の両親も近くにはいないためだ。
ちなみに現時点での、わたしなりの「持続可能な育児」のモットーは「無理をしない」「他の家と比較しない」である。
「よそではできているのに……」という思考はアンハッピーだ。子の性質や親の性質、完全に同じ状況、というのは存在しないからだ。
世間体を気にしすぎて、「私が我慢するしかないんだ」と心にフタをして我慢しつづけると、我が家ではまず私が爆発し、よって家庭が持続可能ではなくなると、この1年で思い知った。
そんなわけで、昨夜から夫と相談し、「朝、まだ症状がつづいていれば病児保育プランで」と話していた。
* * *
夜中、咳込んで何度も起きる娘。
起きてしまうと、なかなか眠れずにいる。咳も苦しそうだ。とりあえずさっぱりさせようと思い「オムツを変えよう」と言うと、夫も自ら起きてオムツを取りにいってくれる。その間にわたしは、汗だくのパジャマと肌着を着替えさせる。
夫からオムツを受けとって、オムツを替える。鼻水をずるずるして息が苦しそうなので、「鼻水とろう」とわたしが言うと、夫が鼻水とりの器具を準備してくれる。「うぎゃあああ」と嫌がって暴れる娘を固定して、ふたりがかりで鼻水をとる。
鼻水をとりおえて、よしよし、がんばったねえとわたしが娘を抱っこする。とんとん、ゆらゆらと娘をなだめている間に、何も言わなくても夫が鼻水とりの器具を洗いにいってくれる。
「なんか飲ませよう」というと、夫がコップにお茶を準備してくれる。ふたりであの手この手で、水分をとらせようとがんばる(たいてい嫌がって一筋縄では飲まない。こちらも汗だく)。
真夜中のうす暗い部屋で、風邪のときにとるそんな一連の動きも、だいぶ連携がとれてきたように思う。
そんな目の前のことをこなしながら、“ああこれはいよいよ、明日の保育園は無理路線だなあ……”と、ねむい頭でぼんやりと思っていた。
* * *
朝。
熱はギリギリ登園基準内だが、咳と鼻水がひどいので受診は必要だとふたりで判断し(ここで一緒に考えてくれるというのが嬉しい)、受診&病児保育プランで進めることにする。
以前も少し書いたが、我が家はいろいろ事情があってかかりつけ医が遠い。わたしがペーパードライバーのため、夫の都合がゆるす限りは、車の運転ができる夫に送迎を頼っている。ただ、人気の病院に朝から並ぶので、朝ごはんを車のなかで食べさせたりと、人手があったほうが助かるのは事実。だからわたしもいっしょに行かなければと思っていた。
出発までのタイムリミットは、すでに1時間を切っている。その間に娘の朝ごはんとお弁当をつくり、洗濯を干したりもしなければならない。気がせいていた。
そんななか、娘を着替えさせている夫からのひとこと。
夫:「ぽこねんも(娘の)病院行く? 診断、聞く?」
私:「うん(行くつもりだけど)、お願いできるならしたいけど……」
夫:「いいよ、できる」
私:「!!! いいの?! じゃあお願いする。ありがとうー」
この感動が伝わるだろうか。いや、伝わるまい。前提情報が足りなすぎる。
感動ポイントはいくつかある。そもそも母親であるわたしが付き添わずに病院へいくということ自体、0歳のときはありえなかった発想だとか、いろいろ。
でも、何より、最大の感動ポイントは、この提案が「主体的」に発せられたものであるということだ! 神様!!
一見、提案なんてないような会話に思えるかもしれない。けれど最初の問いは、「病院に行かないという選択肢もあるよ。君はどうしたい?」ということを提示してくれているのだ。
たとえば完全にわたし発で「(当然わたしがついていくと思っているとは思うけれど)もしできたら、病院、パパひとりにお願いできるとすごく助かるんだけど……難しいよね?」からの、「いいよ」じゃなくて!(←ちなみにこの受け身の「いいよ」は、「(本当はお前がやるべきことだけど)やってやるよ」と聞こえてしまうのだ、実際はそんなつもりがなくてもね)
この、受け身である「いいよ」と、主体的な「それ、俺がやろうか」という提案は、とる行動としてはまったく同じなのに、妻の心に与える感情は雲泥の差、どころかネガティブとポジティブで真逆なのだ。わかるだろうか。わかるひとは痛いほどわかるだろう。ねえ、だれか。
そんな感動の余韻をひきずりながら、タイムトライアルのように娘の朝食と弁当を準備する。その間に、夫は娘のもくもく(喘息用の吸入。機械を使って、10分くらいかかる)をして、熱をはかり、病児保育用の書類を記入し、荷物を準備する。
* * *
夫はようやく、育児という共同プロジェクトの頼れるパートナーとなってきた。上から目線で大変申し訳ない表現だと思うが、でも実際、0歳のころは、そう思えなかったのだ。そこは率直にいきたい。
以前は、育児という壮大なプロジェクトの、プロジェクトリーダーがわたしで、アサインされたもうひとりのメンバー「夫」は、「手伝いますよメンバー」だった。
とてもとても協力的だし、言われたことはちゃんとやってくれる、世の中的には十分ありがたすぎるほどの「イクメン」なのだけれど、自分からの提案はない。
仕事のプロジェクトで、自分ばかりがそのプロジェクトについて真剣に考えていて、手を動かす作業メンバーはいるけれど主体的な提案は自分以外からは決して出てこない、あの状況を想像してほしい。
この状態がわたしは苦しくて苦しくて発狂しそうに苦しくて、昨日のnoteでも書いたけれど「しゃべるのがド下手」なわたしは、それをEvernoteに長文でなるべく冷静に、どう言えば伝わるだろうかとパチパチ手紙をしたためて、夫に、それを読んでもらったうえで話し合いをしたりもした。
その後も、何度も衝突を重ねてきている。すべては我が家にとって「持続可能な家庭」のために。
娘が生まれて1年半。いま、夫の父親としての成長は目を見張るものがある。
* * *
そんなこんなで今朝、夫と娘を送り出し、家に残されたわたしは洗い物や洗濯物干しや掃除やらを片付ける。身支度をととのえ、さあそろそろ出るかな、というタイミングで夫がいったん帰宅した。
娘の診断結果を共有してもらい、お迎えの体制や夜のフォーメーションを確認する。お迎えは夫にお願いし、その後夫はまた会社へ戻ることにして、わたしが夜の娘のごはんやおふろをつとめることになった。
いまではだいぶ当然のようになったけれどこの状態、0歳児育児中からは考えられなかった。互いに進捗を共有して次の動きを決める、仕事と同じだ。
同じ目線でプロジェクトを考えてくれる、対等なメンバーがいるのは、とても心強い。ああ、感慨深い。
* * *
準備を整え、「先に行くね」と玄関で靴をはいていると、朝食を食べかけの夫がわざわざ見送りにきてくれた。
私:「おー。いってきます」
夫:「いってらっしゃい」
私:「いろいろ協力してくれてありがとうね」
夫:「当然です(にやり)」
……自慢の夫である。
捨てられないように、気をつけようと思う。
(おわり)