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ペナン島の夜 、Fワードを叫びまくったあの日

これはペナン島のちょっぴり安めのホステルでのお話。

とある1月中旬。

ひとりバックパックを担いでマレー半島縦断旅に出ていた私は、マレーシアのペナン島という場所に滞在していた。

さすが、東南アジアの気温だ。夜になっても30℃を超えている。立っているだけでできるシャツの汗染みが、地獄のような暑さを物語っていた。

これまでの怠惰が積み重なり、今持っている衣類はすべてびしょびしょ。もう替えがない。どうしよう。新宿のIKEAで買ったジップロックの封印を飛び出し、今にも悪臭を放ちそうだ。寝食を共にしてきた相棒たちのSOSサインに気がつかなくてごめんよ。

何事も気分が大事。気分屋家族に揉まれた末っ子は、上機嫌に鼻歌を歌いながら洗濯準備を始めた。

以下、鼻歌に歌詞をつけてみたものだ。

ハイハイハイハイ
靴下、パンツ~入れまして~♪
シャーツもおまけにホイホイホイッ
最後に~ズーゥボン、ズゥ↑ボーッと入れました~♪
忘れた、忘れたドバドバ、アタック攻撃
はい、バッタンキュー

作詞:とますけ

ひとりホステルの屋上で、変なリズムに乗せて洗濯機を回していると、とある隣人がやってきた。

彼はペナン島の街を見下ろしながら、無言で煙草をふかせる。

黙々と洗濯機を見守る私。

さっきまで鼻歌を歌っていた元気はどこにいったのか。沈黙に耐えられない。

急かされるように「Hi, What you are name?」と声をかけてみることにした。

彼の名はリカルドというらしい。

彼は25歳のイタリアの青年。
当時の私より1歳年上だった。

一生懸命英語を考えながら話をしていると、先ほど聞いた名前なのにいつの間にか「彼の存在」が頭の中から泡のように消え去っていく。

軽い気持ちで言った「名前は何ですか?」ほど、薄っぺらい会話はないと思った。

外国人の名前に馴染みがないことや英語に不慣れなことが原因かもしれないが、人の名前という大切なアイデンティティをなかったものにしてしまった自分が許せない。

名前というものは世界に一つしかない尊いもの。「名前」とは、その人の存在を表すもので、私は「命」と同じくらい大切なものだと思っている。それをすぐに忘れてしまうとは……。

日本人同士での会話でもそうだが、初対面で楽しそうにお喋りをしていて最後に、「すみません、名前何でしたっけ?」と言われた時って、妙に悲しい気持ちになる。

こんなに楽しくお喋りしていたのに、彼を名無しさんにしてしまった。

名前を忘れても英語には「you」という便利なワードがあるが、それでやり過ごしても良いのか。

そして、心の中で覚悟を決めた。

名前を忘れるのは本当に失礼だと思い、恐る恐る再度名前を聞くことにした。私の申し訳ない気持ちを伝えるために、ソーリーと枕詞を置きながら。

すると彼は、「リカルドだよ!」と優しく答えてくれた。

彼は顔には出さなかったが、絶対嫌な気持ちになっていただろう。彼は精神的に優れていた。

「リカルド、リカルド、リカルド」

頭の中で呪文のように彼の名前を唱える。

「リカルド、リカルド、リカルド……」

「あ~」

「リカルド・マルチネスだ!」

なぜか、以前ブックオフで立ち読みをしたことがある『はじめの一歩』のキャラクターの名前が頭に浮かんだ。

「リカルド・マルチネス」はメキシコ出身の現WBAフェザー級チャンピオンであり、作中では歴史上最強のフェザー級選手。 戦績が68戦68勝64KO、防衛記録21回という超鉄人。主人公とのスパーリングのシーンでは、左手だけで倒してしまうという強すぎる設定が強く印象に残っていた。

「これなら彼の名前を忘れないぞ」

「名前を覚える時は、自分が知っている言葉と結び付けて覚えると、記憶に残りやすいんだな」と自分なりの型を知ることができてなんだか嬉しかった。

晴れて自分が感じていた煩悶も解け、国籍、人種関係ない、人と人との温かい時間を過ごすことができた。

彼は東南アジアの文化が好きらしく、この地に留まっているらしい。

東南アジアで農業体験をしたり、自分のやりたいことを模索しながら人生を謳歌しているように見えた。

すると突然、

「バタバタバタバタ」

「ドドドドドドドド」

洗濯機が今にも倒れそうな勢いで暴れ出す。

なんだなんだ。

「プシューッ、ドドドドドドド」

「おい!こら!おい!こら!」

海外の洗濯機は日本のと比べて暴力的なご様子。

そして、洗濯機のアラームが街中に轟く。

「これはやばいぞ!」

「ドッタンバッタン」

「ドドドドドドドドド」

日本だったら確実にムショ行きレベルだろこれは。

「What the f*ck」

人生でこんな経験をするのは初めてだ。まさか洗濯機がぶっ壊れるとは。

「F*cking hell」

私たちはそんな状況がおかしくて、鳴り止むことのない洗濯機と共に、ペナン島で一番高いビルに向かって、二人でFワードを連呼した。

聞こえていないことを祈る

それから2年後の今。

ふと、彼のことを思い出し、パソコンに向き合ってこの文章を書いている。

彼は今何をしているのだろう。

インスタで見かける彼はまだ、東南アジアを放浪しているみたいだ。彼のストーリーにハートマークをつけておいた。

まだまだ人生は長い。彼のようにたくさんの経験をして、自分の人生を謳歌しなきゃね。

「リカルド・マルチネス」

君の名はしっかり覚えているよ。

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とますけ
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