木耳のこと
「木耳」と書いてキクラゲ。
その名のとおり、木から耳のように出来るらしい。
子どものころ、夕ご飯のおかずの中にキクラゲが入っていた。
初めてだった。
2センチほどに切ってあるそれを食べると、味はしなかったが、今までに食べたことのないコリコリした食感だった。
小学生の私は、コウモリの羽を連想した。
もしかして、キクラゲは母のマイブームだったのかもしれない。
炒め物に入っていると、ウッ…となったが、大人になるにつれ平気で食べられるようになっていた。
最近では生キクラゲも売られており、たまに買ってきて使うほどだ。
うちの子どもたちはコウモリだなどと言わず、当たり前のように食べてくれた。
長女が中2のときだった。
学校から泣きながら帰ってきたことがあった。
その訳を訊ねても、足をジタバタしながら悔しそうに泣いている。
そこへ学校から電話がかかってきた。
学年主任の先生だった。
「勝手に帰ってもらったら困るんですよ。
すぐにお母さんも一緒に来てもらえますか」
高圧的な言い方で、何かあったらしいことはわかった。
そこからの顛末は長くなるので、また別の機会にということで(えぇ〜〜!?今聞きたいー!と言ってもらえると嬉しいですが、すみません)、私は娘と一緒に学校へ向かった。
夫に短いメールだけ入れて。
結局なんやかんやの末、帰宅したのは8時半をまわったころだった。
何があったのかも知らない小学生の息子が、ぽかんとした顔で二階からおりてきた。
「ゴメンゴメン!ご飯すぐ作るから」と台所に行くと、八宝菜をしようと水に浸けていたキクラゲが見たこともないほど大きく膨らんで、ボウルからはみ出していた。
それからしばらくの間、キクラゲは縁起が悪い気がして使う気にならなかった。
そんなことがあってからずいぶん経った。
あるとき義姉が「これ作ったの、美味しいよ」と容器に入ったものを義母に渡しているのを見た。
黒いものを油っぽい何かで和えてある…。
キクラゲのわさびマヨネーズ和えだと義姉が言った。
佃煮は見たことがあったが、キクラゲだけを料理したことはなく、その話をする義姉のことを、キクラゲがマイブームなんだろうなと黙って聞いていた。
そんなことすっかり忘れていたら、先日地元のスーパーで、義姉の作ったキクラゲのわさびマヨネーズにそっくりなお惣菜を見つけた。
懐かしくて買ってみると、確かにあの時のと同じ味がした。
義姉はたしかキクラゲを薄味に煮てから、マヨネーズで和えると言ってたっけ。
そんなことを思い出していたら、別のスーパーの地物コーナーで、乾燥キクラゲが目にとまった。
これはやるしかない。
でも、キクラゲってゴワゴワ弾力があるものと、プルプルした柔らかいものがあるんだよなぁ。
お義姉さんのわさびマヨネーズは、プルプルの方だ。
売られているのも…、多分同じ。
と思って買ってきた。
夫に、お義姉さんが教えてくれたの作るよと宣言して、水に浸しておいた。
袋には「5〜6時間浸す」と書いてあって、え?長すぎない?とは思ったんだけれど。
半日浸したキクラゲは数倍に膨らみ、ボウルからはみ出す勢いに成長していた。
あの夜、学校から疲れ果てて帰ってきたときみたいに。
どうする、この肉厚ゴワゴワで巨大に進化した子たち…。
気を取り直し、結局千切りにして胡麻油で炒め、常備菜にしましたとさ。
ふぅ…。
※キクラゲについて調べてみました。
豚骨ラーメンにのっているような歯ごたえのあるキクラゲは「荒毛木耳(アラゲキクラゲ)」。
今回私が使ったのも、これのようです。
プルンとした柔らかいのは、同じ黒キクラゲの仲間の「キクラゲ」で、義姉のわさびマヨネーズ和えに使われていたのは、こちら。
他に「白キクラゲ」もあって、たまに行く中国料理店のデザート八宝茶に入っている、これまた不思議食感です。