海峡が見える村の朝 マルマラ海沿い街道の旅★2019(14)
朝、友人Mが入れてくれた(トルコ、ではなく)アメリカンコーヒーをバルコニーで飲んでいると、ここで小説は書けそうか? と尋ねられる。
「そうだね。他にすることもないしね」
「どんな話を書いているんだ?」
大学を舞台にしたミステリー小説の筋を話すと、そのストーリー中のある部分だけを抜き出して腕組みする。
「── 今の学生は本当にその通りだ」
彼が勤務する大学の学生は優秀だけれども、それだけに ── と彼は言う ── 両親に勉強だけしていればいいと言われ、家の仕事の手伝いなどそのほかのことをほとんど経験していない。だから、実験など実習をさせようとすると、いちいち細部まで尋ねてくる。それどころか、教授にやらせようとする者までいる。
一方、できの良くなかった子供たちは、勉強以外をいろいろ経験しているので、社会ではこちらの方が成功する、と言う。
「できのいい学生が逐一尋ねてくるのは、失敗を犯すリスクを避けようとしているのではないか?」
そう指摘すると、
「確かにそれもある。現在の優秀な学生が志望する偏差値の高い学校は、入試で1問間違えるだけでも致命的になる可能性がある。だから、失敗を非常に恐れている」
と答える。
《いずこも同じ秋の夕暮れ》であーる。
朝食に使う玉ねぎがない、ということで近くの村まで買い出しに出た。
集落の戸数は80軒ぐらいだろうか。昔ながらの石造りの家が多く、多くは農家だという。
引退した(と思しき)爺さんたちが、日本で言う《よろず屋》の店先や小さな《チャイハネ(壁のない茶屋)》に坐ってお茶を飲んでいる。婆さんはおらず、オール爺さんであーる。これもイスラムのしきたりと関係しているのか? 女子会は、別途家の中で行われているのか?
集落に2軒あるよろず屋の1軒で、店の前に並ぶ野菜の中から玉ねぎとレモンを取りパンを買う。店の中は、日本の田舎にかつてあったよろず屋とまったく同じで、酒、たばこ、菓子、洗剤、トイレットペーパー等ひととおり置いてある。
この店なら徒歩で15分ぐらいだろうから、マニュアル車をエンストしながら運転しなくても来れそうで、天気が最悪でなければ餓死せずにすみそうだ。
一般の農家とは明らかに異なる、石造りではあるが新しい家も散見する。いずれも、ダーダネルス海峡が見える好位置に建っている。
引退した金持ちが土地を買い、周囲に調和するような家を建てたのだという。
「お前もここで暮らすのなら、この地域で友達を作る必要がある」
と友人。
トルコ語を学んで爺さんたちに交じってチャイハネでお茶をすするのもいいが、婆さんと口をきくと殴られたりするのは勘弁して欲しい。
やはり、港町チャナッカレで英語で話せる友人を作りたい ── と思ったのはコロナ前のこと。
家に帰ると、友人がトマトと玉ねぎとピーマンを炒め、そこに卵2個を割り入れて、野菜入り卵とじを作ってくれる。
ユニークなのは、最後に卵2つをそっと割り入れ、木のスプーンで黄身を壊さないように白身だけを卵とじの中に漉き込み、2つの黄身がまだ生のうちに皿に取る。そして、パンをちぎって黄身をソースのように漬けながら食べるのが《流儀》だと言う。
朝飯を食べながら、彼の愚痴を聞く。
トルコから欧米の雑誌に投稿された論文は、トルコ発というだけで信用が低く、rejectされることもある、と最近の経験を話す。
ある学生が学位論文の一部を、学位論文公表後に投稿したら、既発表論文と30%も重なっている、という理由で却下された、学位論文の一部を投稿したのだから重なっているのはあたりまえだろう、と怒っている。
学位論文の電子公表が義務付けられてから、日本でも同じ問題が起こっている、と話し、投稿予定の場合、学位論文の公表を遅らせる例外を認めた方がいいよ、とアドバイスする。
米国でまたも銃の乱射事件が起きた話題から、現地の銃事情を尋ねる。
トルコでは銃の所有が禁じられていたが、アメリカ帰りの政治家が、なんでもアメリカに倣う政策の一つとして銃の保有を認めて以来、人々が銃を持つようになったという。
空には雲ひとつなく、暑くなりそうだ。
午後はひとりで《トロイの遺跡》を訪ねることにした。
ご存じ、ハインリヒ・シュリーマンが発掘した、ギリシア神話に登場する伝説都市です。
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