札幌はいつだって憧れの街だった
先日、友人の結婚式で数年ぶりに札幌に行った。東京から飛行機で一時間半、眠っていたら着いていた。飛行機を降りたら雪景色が広がっていて、まだ半分眠ったままの頭で、ああ、北海道に帰ってきたのか、と思った。
わたしは北海道出身で、数年前に上京してきた。希望を出して東京にやってきたわけだが、当時はとんとん拍子に話が進み、なんだか少し怖かったのを覚えている。数回しか訪れたこともない都会。右も左もわからなかったが、上京を決めて数日で家探しに訪れ、その日から二週間で引っ越してきた。ベタではあるが人の多さに驚き、湿度の低さに驚き、人の無関心さに驚いた。なんだか違う国にきたみたいだった。
旅行をすることもなく、道外に知り合いがいたわけでもなかったわたしにとって、最初に見た都会は札幌だった。札幌には妹が住んでいたことや、バンド活動をしていた頃遠征で何度か訪れたこともあり、わたしの中では都会とは札幌のことだった。初めて友人と訪れたときは、なんて素敵な場所なんだろうと思った。すれ違う人みんながおしゃれに見えて、いつか行ってみたいと雑誌に印をつけた場所が全て揃っていた。街全体がキラキラして見えた。
当時は地元で古着屋の店員をしていたこともあり、洋服が好きだった。主に通販を利用していたお店を初めて訪れたとき、なんだか気恥ずかしくてストール1枚しか買えなかった。絶対にスタバに行くと決めていたのに、どきどきしてしまい何度も店の前を通り過ぎた。生まれて初めて飲んだフラペチーノが飛び上がるくらい美味しくて、妹と妹の彼氏の分まで注文して持って帰った。初めて入ったファミリーマートで名前しか知らなかったファミチキを買ってもらい、なんだか夜中にカップラーメンを食べたときと似たような気分になった。流行り物や新しいものが好きなわたしにとって、札幌は夢のような街だった。ただぼんやりと、いつかここに住んで、ずっとずっとみんなで音楽をやっていくのだろうと思っていた。
札幌駅の改札を出たとき、あれ、こんなに人が少なかっただろうかと思った。そのときに気付いた。わたしは大人になったのだ。もうお店で欲しいものを我慢することも、スタバで緊張することもなくなった。最寄り駅の一番近くにはファミマがあり、バンド活動もやめてしまった。街を歩きながら、昔の自分とすれ違ったような気がした。なぜだか泣きたくなった。
あの頃のわたしは、今のわたしを見たら何と言うだろう。東京で過ごしているのかとびっくりするだろうか。毎日そんなに苦しいのかと怯えるだろうか。もうバンドをやめたと知ってがっかりするだろうか。それでも、できれば喜んでもらいたい。できれば笑ってもらいたい。あのときがんばって良かったって、生きていて良かったって、何度も思ってもらいたい。
今、わたしは、毎日が苦しい。上手く息もできず、音楽も聴けず、何かを決めることもできず、そんな状態のまま仕事に追われている。正直こんな気持ちで友人の結婚を祝えるだろうかと、行くのをやめてしまおうかとも思った。
だけど、行って良かった。結婚式は素晴らしく、友人の幸せそうな顔を見てわたしも嬉しくなり、みんなで過ごす夜は楽しいと思えた。その週末は雪が降らなかったが、車道の両側に積もった雪が懐かしく、凍った道をそろそろと歩く感覚も久しぶりだった。母との思い出の店でオムライスを食べた。そういえば母に誕生日おめでとうも言っていない。最後に話したのはいつだったっけ。電話は苦手だけれど、帰ったらプレゼントを送ろうと思った。
あの頃のわたしに誇れるように、前を向きたい。
少し回復したかと思っていたわたしの心は、東京に帰って数日で最悪の状態に戻ってしまった。まだ母にプレゼントも送っていない。だけどなんとかこの気持ちを覚えていたくて、文章を書いた。読み返して何度も思い出せるように。読み返して何度もあの頃を、取り戻せるように。
これを書きながら、久しぶりに音楽を聴いていた。ほら、大丈夫だ。わたしは大丈夫。
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