藤井風と、27クラブと、尾崎豊(前編)
私は反省している。
ついこの間まで藤井風が今にも死ぬんじゃないかとヒヤヒヤしていた。なぜか。どう考えても天才だと思ってしまうのに、彼がどうしようもなく美しいからだろう。
そして風氏が多くの人に「尾崎豊みたい」と思われていることも知っていた。しかしそれについてはさっぱり理解が出来ない。私は尾崎豊をよく知っているが全く似ていない。一体彼等はどうして「似ている」と言うのか。しかし考えたら段々わかってきたことがある。
藤井風は2020年1月に『何なんw』というオリジナル曲でデビューした23歳の男性シンガーソングライターだ。(2020年6月21日現在)
圧倒的なピアノの実力と飛び抜けた音楽センスとそのカリスマ性からしばしば「天才」と呼ばれ、その美貌と相まって熱狂的なファンが続々と誕生している。風氏はデビュー前、12の時からYouTubeにピアノ演奏と弾き語り動画を投稿していた。
藤井風は27歳で死ぬのか?
風氏を見て「早死にしそう、儚げだしどう見ても天才だから」と言うその言葉は、実は風氏をじっくり観察した末の発言ではない。
その言葉は、風氏の人物と音楽がどういうものかに基づいたものではなく「早死にした天才がたくさん存在する」という単なる歴史的事実なのだ。彼らの頭の中には「美しい天才 → 早死に」という安直な思考しかない。
もし彼等がその文化的知識なしに、純粋に風氏の音楽を聴き発言に耳を澄ませ、彼の表情を見て言動に触れれば「夭折しそう」なんて結論には決してたどり着かないと私は考える。
いったい風氏の音楽性のどこに早死にしそうな要素があると言うのか。皆、イメージに囚われているだけなのだ。
結論を先に言おう。藤井風は27歳で死なない。
これから藤井風が27歳で死なない理由について主観的に述べていきたい。なぜ27歳なのか。それは世界の多くの天才ミュージシャンが27歳で逝去しているからだ。俗にいう「27クラブ」である。
27歳で亡くなった多くの天才アーティスト達
この世には27歳で死亡した有名ミュージシャンが数多く存在する。
・ブライアン・ジョーンズ(Brian Jones)(ザ・ローリング・ストーンズ)
・ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)
・ジャニス・ジョプリン(Janis Joplin)
・ジム・モリソン(Jim Morrison)(ザ・ドアーズ)
・カート・コバーン(Kurt Cobain)(ニルヴァーナ)
・エイミー・ワインハウス(Amy Winehouse)など多数。
ミュージシャンだけではない。画家として有名なジャン=ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat)も27歳で亡くなり、27クラブの一員とされている。
尾崎豊が亡くなったのは26歳の時なので彼は27クラブのメンバーではない。
しかし多くの視聴者が「藤井風は尾崎豊に似ている」と思っているので、尾崎豊の音楽性について考えながら風氏が27歳で死なない理由を考察したい。
音楽という感覚的なモノについて客観的に考察しても、読者を納得させる事が出来るとは私には思えない。この記事では筆者の個人的経験を元に、尾崎豊とジム・モリソン、そして藤井風氏について考えていきたい。
そして音楽とは主にメロディーとリズムと歌詞で構成されているが、メロディーとリズムで作家性を考察するのは筆者には荷が重すぎる。主に歌詞を分析することで尾崎豊を分解したい。
前編は主に尾崎豊について。後編は藤井風氏について書いた。
風氏についての後編はこちら。
美しい天才は早死にするという強固なイメージ
歌詞の前にイメージについて。
聴衆が風氏を見て「早死にしそう」と思うのは、風氏のビジュアルが尾崎豊のように美しいからである。男性的で長身でカッコいいという点で似通っている。そして「美」というのは昔から「美人薄命」と言うように、その命が儚いイメージで定着している。しかし美しい → 早死にする というのは思い込みである。「美人薄明」には科学的根拠がない。
つまり風氏の美貌と早死には何も関連性がない。
尾崎豊の歌詞について考える
先日、社会学者宮台真司氏のこのツイートを見かけた。
これを読んで筆者は「良かった、くるりのこの曲は昔からよく歌ってるけど私は気づかなかった~」と思ったが、同じような事は尾崎豊でとっくに経験済みだった。アホである。
最初に断りを入れておきたい。
筆者は芸術を優劣で語るつもりは全くない。この世にはあらゆるタイプの芸術が存在し、その価値は観客によって変わる。筆者は「どういうタイプの芸術か」を論じたいだけだ。この記事は尾崎豊の芸術性への批判ではないし、劣っているという主張でもない。ご理解いただきたい。
尾崎豊の聴きすぎで神経症になった筆者
筆者は尾崎豊を聴きすぎて神経症を発症した過去を持つ。聴き始めたのは彼のデビュー当時で私は中学生であった。発症は高校生の時だった。同級生と話が合わず毎日を孤独に過ごしていた私にとって彼の歌は唯一の理解者だった。『15の夜』を聴き「ここにわかってくれる人がいる・・・!!!」と感激したのが最初である。しかし自分の精神が彼の影響で蝕まれていくことには全く気付かなかった。
『15の夜』
そして仲間達は 今夜家出の計画をたてる
とにかくもう 学校や家には帰りたくない
自分の存在が何なのかさえ解らず震えている
15の夜
『卒業』
行儀よくまじめなんて 出来やしなかった
夜の校舎 窓ガラス壊してまわった
逆らい続け あがき続けた 早く自由になりたかった
こんな歌詞ばかり延々と聴いていた。そして段々自分の存在が何なのかわからなくなり、心の中であがき続けた。
尾崎豊は社会への反抗、大人への反発、世の中への疑問、あらゆる物の否定ばかり歌っていた。尾崎は常に闘い逆らっていた。彼は疎外感の塊だった。
『盗んだバイクと壊れたガラス 尾崎豊の歌詞論』見崎鉄著 によると、尾崎豊の代表曲は『I LOVE YOU』『OH MY LITTLE GIRL』『15の夜』『卒業』といったあたりになり、前二者は切ないラブソング系で楽曲重視、後二者はヤンキー系で言葉重視、らしい。
おそらく風氏を「尾崎豊みたい」と思う今の若者は、尾崎豊をよく知らない。この4曲しか知らない可能性もある。見た目と雰囲気で「似ている」と言っているに過ぎない。
なぜなら筆者を蝕んだ言葉の数々は、シングル曲以外に存在しているからだ。『ISM』の歌詞を見てみよう。
だいぶ話をそれて 街明かり 照らされて
音のないTVの前 完璧さを求めて
君を疑うたびに 無意味に思えてくる
だけどチャンネルは同じさ はいつくばった夢の前
大抵は今日が何の日かさえも わからない
愛したい 愛したい 愛したい 愛したい
数十年経った今でもこの「愛したい」という恐ろしいフレーズを覚えている。尾崎豊は何も愛せなかった。この叫びを繰り返し聴くことで私は何も愛せない人間になっていった。19の時突然一目惚れをされ求愛されたことがあるが、その相手のことが好きかどうかはともかく、彼が自分を好きである事が理解出来なかった。誰かの中の「好きだ」という感情を理解することが出来なかったのだ。こんな風に尾崎豊は私の感情を蝕んだ。それに気づいたのはザ・ドアーズの伝記的映画『ザ・ドアーズ』を観た時である。
夭折したザ・ドアーズのヴォーカリスト、ジム・モリソンによる気づき
映画『ザ・ドアーズ』は1991年のアメリカ映画。オリヴァー・ストーンが監督したロックバンド、ザ・ドアーズの伝記映画である。タイトルが『ザ・ドアーズ』でありながら内容がほとんど夭折したジム・モリソンのみに関することで批判を浴びた問題作だ。ザ・ドアーズはカリスマ的ボーカリスト ジム・モリソンが在籍した事で知られ、ロック音楽黎明期のアメリカ西海岸を代表するバンドとして、主に1965年から1972年まで活動した。ジム・モリソンは彫刻のように美しい男だった。
映画が趣味でなんでも観ていた筆者はある時『ザ・ドアーズ』をレンタルする。ジム・モリソンの事など何も知らなかったが、映画から流れるその音楽に徐々に恍惚とし始める。「なんだろうこれは・・・」
ザ・ドアーズの有名な曲『ジ・エンド』はフランシス・コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』に使われていることを知る。
『地獄の黙示録』は1979年のアメリカ映画。ベトナム戦争を題材にし難解で知られる。
私はこの有名な映画に流れる『ジ・エンド』を聴きながら更に恍惚とするのを感じた。脳内で何かが反応している。そして自分を苦しめる病の原因を唐突に理解した。それは紛れもなく尾崎豊だと。
なぜか。27歳でこの世を去ったジム・モリソンの音楽と尾崎豊の音楽になんらかの共通点を無意識に感じたのだろう。映画『ザ・ドアーズ』にはモリソンが繊細で破壊的な人物であったことが描かれている。一言で表現するならそれはあまりにもネガティブな種類の音楽だった。
そして治癒に向かった筆者は、24歳でパリに旅行に行った際、ペールラシェーズ墓地にモリソンの墓参りに訪れた。モリソンは27歳の時にパリで死んだのだ。
それは1995年の夏のことで、モリソンの死後24年が経っていたが、お墓の周りは世界中から集まったモリソンのファンでいっぱいだった。私は尾崎豊と似通ったタイプの音楽家に心から感謝した。素晴らしい芸術は、ある時は毒になりまたある時は薬になるのだ。
尾崎豊の音楽は常に殺伐とした冷たい世界で、彼は孤独に苛まれていた。そして10代の頃から学校、社会、世界に対して反抗、反発を繰り返したその「未熟さ」が彼の「売り」だったとも言える。未成熟な彼等の音楽は私にとっては底の見えない真っ暗な穴を覗き込むような恐ろしさを感じる闇だった。しかし藤井風氏の音楽は、まったく別種のものなのである。
風氏については後編にて述べる。後編はこちら。
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この記事は2020年9月21日に大幅に修正しました。
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