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2024年9月4日公開


はじめに

今回は「人と人とのつながり」に関する社会学の用語(概念)である「弱い紐帯(ちゅうたい)」「強い紐帯」「弱い紐帯の強さ」について紹介します。今から50年前、米国の社会学者が提唱したもので、日本でも社会学に限らず、経営学、組織論、人事といった分野でよく知られています。
私たちが進める「人間のためのプレイス・メイキング」研究では、まちの中に人が居心地のよい場所、人と人とが緩やかにつながれる場所をつくっていくことを目指していることから、この概念はとても重要です。そこで、この概念について簡単に紹介した上で、プレイス・メイキングにどのように関わってくるか説明します。

「強い紐帯」「弱い紐帯」

この概念を提唱したのは、スタンフォード大学マーク・グラノヴェッター氏。『The strength of weak ties』という論文の中で、「弱い紐帯」には実は強みがあるということが主張されました。

まず、「強い紐帯」とは、家族や営利企業などにみられる強いつながりのことです。このような集団の構成員は長い時間、同じ場所で、同じような暮らし方をしており、それゆえに感じ方や価値観も相対的に似通ってきます。何らかの目標や規律を共有していることが多く、それゆえに何か集団全体で取り組もうとする際にはすぐに結束して行動することができます。

対して、「弱い紐帯」とは、知り合いあるいは友人といった程度の弱いつながりのことです。それぞれは別の強い紐帯で作られる集団に所属していて、たまに会って短時間、たわいもない会話をするくらいの関係です。それゆえに一緒に力を合わせて何かに取り組むということは基本的にはありません。

「強い紐帯」VS「弱い紐帯」

一見すると「強い紐帯」の方が洗練されており、社会的にも有用のように感じられますが、グラノヴェッターは「弱い紐帯」の方にも「強い紐帯」にはない「強み」があると主張したのです。彼はホワイトカラーの男性282人を対象に、就職先を探すときに役に立った情報をだれから得たのかをアンケート調査で調べました。その結果、対象者の16%は強い紐帯で結びついている人から情報を得て仕事先をみつけていたが、残りの84%は弱い紐帯でつながる人から得ていたということを示したのです。

なぜこのような結果となったのか。クラノヴェッターによれば、強い紐帯でつながる人同士は常に一緒にいる結果、同質で似通ってしまい、それぞれがもつ情報も同じになりがちだと言います。その結果、外部の人たちと接する機会が少なくなり、閉鎖化し、その結果、社会から孤立してしまい、そうなると新たな情報が入りにくくなってしまうというのです。

他方、弱い紐帯でつながる相手は、自分と異なる集団に属していることから、その集団が持っている情報を得ることができます。そして、そういう相手がたくさんいれば、それだけ自分の所属集団がもっていない多くの多種多様の情報を得る可能性が高まるということです。そして、この情報の多様性は新しいアイディアを生む土壌にもなります。これが「弱い紐帯の強さ」です。

近年は上の「強い紐帯」で結ばれる組織の評判が悪くなっています。構成員のためを思ってしっかりと目標やミッションをたて、その実現のために全員が守るべきルールを設けるのですが、それが構成員を抑圧する方向に転じてしまうことが多かったのです。しかも、そのような組織が閉鎖化し、社会の常識が通じなくなり、その結果、幹部職員が不正を働くというような事件もたくさん起きています。

場所を介した弱い紐帯

さて、この概念はプレイス・メイキングにどうかかわってくるでしょうか。自治会という強い紐帯で結ばれている(結ばれていた)組織が人手不足などで十分に機能しなくなり、孤立・孤独が生じている。そこで、まちのなかに居心地の良い場所をつくり、そこを核として多様な人同士が緩くつながり合う、すなわち弱い紐帯を形成し、孤立・孤独を予防しようとしているということです。

例えば、本プロジェクトのメンバーである安枝英俊氏は、公民館で運営されている多様なサークル活動に着目して、一つ一つのグループのなかで、あるいそのグループを超えて、どのようなつながりが生み出されているかを研究していますが、これがまさに弱い紐帯といえます。また、沖縄の共同売店の研究をしている前田千春氏は生活品調達の仕組みである共同売店が、弱い紐帯を形成する拠点になっているのではないかという仮説で調査を行っています。

本プロジェクトが目指しているのは、場所を核として弱い紐帯をたくさん張り巡らせ、将来的に孤立・孤独になっていきそうな人をその網の目の中に収めてしまうということです。ここで課題となるのは、現代社会の中でそのような網をどう生み出し、広げていくか、また、それを持続させていくかです。

また、弱い紐帯は強みはありますが、それだけで孤立・孤独を防ぐだけの力があるわけではないと思われます。従って、公式の組織である行政やNPO、自治会、社会福祉協議会、エリアマネジメント組織などが、この網の目をどう側面支援できるも大きな論点でしょう。

それぞれの研究でどのような知見が得られるか楽しみです。

兵庫県立大学 井関崇博


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