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グラフィック(・アート)は人と人、人と街をつなぐ。

2024年9月4日執筆


はじめに

こんにちは。兵庫県立大学環境人間学部の井関崇博と申します。社会学をベースに、メディアを活用したコミュニケーション・デザインについて研究しています。簡単に言うと、メディアをつかっていかに人と人をつなぐことができるかを探究しています。これまで研究室のメンバーとともに、ウェブサイトやYouTubeチャンネル、イベントといったメディアを用いたコミュニケーションを研究、実践してきました。

今回、紹介するのは街におけるグラフィック・アートの活用です。「人間のためのプレイス・メイキング」プロジェクトでは、人間と近隣社会環境(街)の関係を解明しながら、人々にとって居心地がよく、人と人がつながり合えるような場所をいかに街の中にいかに創出していくかを研究していますが、グラフィック(・アート)展示はそこでどのような可能性があるかを紹介したいと思います。

まちにグラフィック(・アート)を展示する

グラフィック(・アート)とは、絵画や写真をも含む、主に印刷技術をもちいた平面的な視覚表現のことで、現代ではウェブサイトや映像もこの範疇にいれることもありますが、ここでは紙に印刷する形の表現形態と理解しておきたいと思います。アートに括弧をつけているのは、あらゆる表現にアートの要素が入るとは思いつつ、アートとは何か、アートとそれ以外を分かつものは何かといった答えのない議論をここではしたくないからです。

まちづくり、あるいは地域の交流を促すために、グラフィック(・アート)を利用するという手法は、ことさら「手法」というまでもなく一般化しているといえます。もっとも一般的なのは街のマップをつくるという方法でしょうか。

今から約10年前の2013年、大阪商工会議所と文の里商店街協同組合が電通関西の協力を得て実施した商店街ポスター展は、商店街の各店舗の魅力を伝えるという普通の広告の次元を完全に超越(逸脱)して、商店や店主を題材にしてとにかく人目をひき、楽しい気持ちになれるポスターを作ったという点で大変話題になりました。当時はSNSが普及した時期で、全国にそのシュールなポスターの画像が拡散されました。まちづくりにおけるグラフィック・アートの新たな可能性を切り開いた好事例といえるでしょう。これ以降、まちなかにグラフィック(・アート)を展示するという方法が広がりました。

現在でも、各地域でそれぞれの背景や必要性、目的の中でグラフィック(・アート)の展示が企画されています。どういうときにどういう手法が有効なのかについてシェアすることができれば、グラフィック(・アート)はもっといろいろな地域で利用され、まちづくりに貢献することになるでしょう。以下では、私の研究室で企画実施したグラフィック(・アート)を用いた取り組みを一つ紹介したいと思います。

青山大介氏「令和の姫路城下鳥瞰絵図」の超拡大展示

姫路には「播磨学研究所」という団体があります。姫路の歴史を自主的に研究する民間の有識者団体ですが、この団体が、江戸時代から何度も描かれてきた姫路城とその城下の現在の姿を鳥観図として表現し、後世に伝えるという非常に有意義な企画を立ち上げました。その描き手として選ばれたのが、神戸を中心に活躍する鳥観図絵師の青山大介氏。半年の制作期間をへて、2021年の7月に完成しました。鳥瞰絵図は青山氏のウェブサイトから見ることができます。

まちの現在を写真ではなく、鳥観図という形態で表現すること自体、グラフィック(・アート)をまちづくりに活用する一つの手法であり、非常に画期的と思います。これ自体論じるに値することですが、ここでは、そのあとに私の研究室が行ったこの作品を広く知ってもらうための取り組みについて紹介します。それは青山氏によって手書きで描かれた本作品を、横6.1メートル、縦8.7メートル(B0サイズで36枚分)に拡大印刷して床に敷き、その上に透明ビニールシートを被せることで絵図上を歩けるようにするという仕掛けです。このアイディアの良かったところは、非常に感覚的でわかりやすくインパクトがある上に、実はローコストである点です。作品の上を歩くという罪悪感を覚える鑑賞の仕方を作者の青山氏が認めてくださり(面白がってくださり)、この企画は実現しました。

2021年11月、兵庫県立大学姫路環境人間キャンパスの講堂で「姫路城下巨大鳥瞰絵図展」としてこれを展示しました。コロナ禍の最中でしたが、多くの方がご来場くださいました。

姫路城下巨大鳥瞰絵図展(2021年11月12~13日、兵庫県立大学姫路環境人間キャンパス講堂)


実際に開催してみて、この手法の良いところは次の4点にまとめることができると思っています。

第一に、巨大さは正義であるということ。人間は大きいものに単純に感動するようです。そのことだけで来場者は喜んでくださいますし、子どもたちはその上を走り回ることができます。そして、神戸新聞の記者さんも取材してくださいましたが、この巨大であるということは人々の関心を引く上で非常に有効だということです。

第二に、拡大された絵図の上を歩くとデータとしては同じであるはずのものが、全く違う感覚で鑑賞することができるという点です。細部が非常に大きくなるので細かいところがよく見えるし、視野の下半分いっぱいに絵図が広がることで本当に鳥になって飛んでいるかのような感覚も覚えます。なお、これは青山氏の鳥瞰絵図がこれだけ拡大しても鑑賞に耐えうるくらい緻密であることで可能になることは付記しなければなりません。

巨大鳥瞰絵図の上に立つ

第三に、複数の人間で鳥瞰絵図の上に立ち、街談義が花開くという点です。A0サイズといった大きさだとどうしても鑑賞するのは一人になります。しかし、これだけ大きいと、ある一つの街区についても5人くらいで囲んで話すことができます。大きいということは共有できるということです。会場では見知らぬ者同士が姫路のあちこちについて楽しく語りあっている光景が見られました。

巨大鳥瞰絵図の上で語り合う参加者

第四に、この拡大版はB0サイズの用紙、36枚に印刷されただけのものなので、再利用ができ、また、設置も2時間ほどで完了するという点です。最初の展示のあと、複数の団体から再展示の申し出があり、これまでに4回の出張展示を行いました。小学校の体育館サイズの平面があれば十分に展示が可能です。このような地域の資産として何度も利用していける点も、この手法の良いところと言えるでしょう。

姫路駅北中央地下通路での展示

2024年の5月、兵庫県立大学地域創生人材教育プログラムの一環で、この巨大鳥瞰絵図は姫路駅北の中央地下通路に展示されました。はじめての、誰もがアクセスできる公共空間での展示でした。しかも、姫路駅前。人通りの多いところでの展示は私たちの悲願でもありました。これまでと同様にビニールシートで覆い、地図上を自由に歩けるようにしました。当日は青山氏にも来場いただき、地図の前でトークセッションが行われました。

この展示はMOMA姫路という地域の団体が鳥瞰絵図巨大版を当研究室から借り受け、企画、実現してくれました。巨大絵図の日常的な管理は私の研究室がしていますが、志のある団体がイベント等でこれをうまく地域のために活用してくれたのは、この絵図を地域の資産として有効に活用していく一つのモデルになったのではないかと思っています。

姫路駅北中央地下通路での展示(2024年5月)

プレイス・メイキングの手法としての可能性

今回の取り組みで重要なのは、何よりもまず、地域にとって価値のあるグラフィック(・アート)が制作されなければならないことです。青山氏の鳥瞰絵図が何よりも重要であり、高い価値をもっていたからこそ、その後の取り組みが成立しました。播磨学研究所の企画力、そして、青山氏の創造力なしに、その後の一連の展開はなかったことは言うまでもありません。

私の研究室の取り組みは、これに加えて、それを分かりやすく、人々により大きな感動を与え、さらに人と人がつながれるような仕掛け、さらに地域の様々な団体で共同で有効活用していく工夫も重要であることを示しているといえます。つまり、プレイス・メイキングのためにグラフィック(・アート)を活用するといったときには、作る、広める、みんなで体験できるようにする、持続的に展示できるようにする、といったことが可能となる仕掛けが重要ということになります。

今回は巨大に印刷するという手法を取りましたが、グラフィック(・アート)をの活用の仕方はもっとあるかもしれません。今後もその方法を検討していきたいと思っています。

参考文献

井関崇博(2023)「文化資源のコンテンツづくりに関する研究タイトル」兵庫県立大学環境人間学部研究報告(25)


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