見出し画像

私たち一人ひとりが生み出す、組織の副次的な包摂機能

2024年9月4日公開


はじめに

今回は組織の副次的機能である包摂機能について紹介したいと思います。難しそうな漢字がたくさん並んでいますが、少しお付き合いください。

「人間のためのプレイス・メイキング」研究では、まちの中に居心地の良い場所をつくることで、人々が孤立・孤独に陥らないようにするための仕組みについて研究しています。ここでいう場所というのは単なる限られた空間ということではなく、そこで何らかの営みや仕組みがあることによって人々がそこに集い、居心地の良さを感じるような場所を指します。今回の記事ではこのような場所をつくっていく際にヒントとなるであろう、組織の包摂機能について考察します。

目的をもった組織

人間が作る集団は、何らかの目的をもち、ルールが形成され、互いに調整するようになると「組織」というものになります。社会学ではこのような目的をもった組織を、「アソシエーション」と呼ぶことがあります。具体的には、会社、行政組織、NPOなどです。

これらの組織は本来ならば目的を達成したら解散するのが基本ですが、現実の組織はそのようにはなりません。特に社員を雇用している組織は、自らを存続させるために、新たな目的を見つけてきます。組織の自己目的化です。ただ、それが直ちに悪いということではありません。組織が社会にとって意味あるサービスを提供してくれているならば何も問題ありません。

組織の共同体化と包摂機能

組織は目的のために作られる仕組みではあるのですが、その構成員は生身の、感情をもった人間です。それゆえに、構成員同士の間には時にウェットな関係や動き(義理人情、御恩と奉公、感情的結束、助け合い、自己保存、排外志向等)が起きます。かつて日本の会社組織では社内で定期的に運動会を開催したり、慰安旅行と称して社員全員で温泉旅館に行ったりしていました。そこで社員どうし、年次に関係なく親睦を深め、時には羽目を外し、その共通体験で情緒的な結束をうみだす努力がなされました。

このような共同体化の一環で、悩みを抱える社員を、同僚や上司が相談にのり問題を解決していくといった営み、すなわち包摂機能が働いていました。少し問題のある社員も簡単に切り捨てずに、何らかの役割を与えて職場にとどまらせていました。定年退職した後も、会社で築いた人間関係を土台に老後のコミュニティができました。つまり、組織が個人を包摂していたので、孤立孤独に陥る人も多くなく、いたとしても数が限られていたので、他のサービスで対応できていたわけです。

このような組織の包摂機能はかつてはいたるところにあったように思います。例えば学校の学級。少し変わった子も学級の中に居場所がありました。高校の部活や大学の研究室でも、先輩が後輩の面倒をみたり、同期どうしで時間を共有し、困ったときは互いに助け合っていました。

包摂機能の縮小

ところが、2000年代にはいってから会社も、学校も、大学も、地域組織も、余裕がなくなり、このような個人の問題を組織内で処理することができなくなりました。いまでは会社帰りに飲みに行くことさえほとんどなくなりました。慰安旅行はもはや死語でしょうか。

その結果として、これまで組織に包摂されていた個人が、外部に放り出されることになりました。これは現在、問題となっている孤立・孤独が生じる背景の一つといえるでしょう。これは突き詰めれば、組織を構成する私たち一人ひとりがもう少し同僚に目を向け、何か困ったことはないかを感じ取り、もし何かあればほんの少しでいいので手を差し伸べることをしなくなった(できなくなった)ということでもあります。

趣味サークルの包摂機能

では、このような過去のものとなった組織の包摂機能についてなぜここで長々と紹介しているかというと、地域の趣味サークルがそのような機能をわずかでも担えるのではないかと思うからです。趣味サークルは何らかの趣味をするために集まるグループです。従って目的は趣味です。ただ、その中でほんの少しでも、それぞれの家庭の事情や個人的な問題を共有することができるならば、あるいはそのようなあからさまなことはせずとも、そこに自身の席があるということだけで、孤立や孤独の道に進まずに済むのではないかと思うのです。

本プロジェクトのメンバーである安枝英俊氏は、豊岡市国府地区の公民館におけるサークル活動を調査し、そこでのつながりについて研究していますが、ここでは各団体がどのような包摂機能をもっているかを分析しています。また、私、井関崇博の研究室の4年生のある学生は、自らが所属する地域の吹奏楽グループの包摂機能について調べようとしています。それは自身が就職活動をしているときに、同じパートの団員に励ましてもらったという経験があるからだそうです。ほかにも地域のスポーツ団体、あるいは地域のスポーツチームを応援する団体、もしかしたら、飲みグループもそれに含まれるかもしれません。これらの組織がそれぞれ少しでも包摂機能を高められれば何かが変わるかもしれません。

このように組織の副次的な包摂機能は孤立・孤独の予防を考えていく上で有用な概念になるのではないかと考えています。

兵庫県立大学環境人間学部
井関崇博

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?