【広告プロモーション×ハプティクス】未知の領域への挑戦をメンバーが語る
+tech laboでは、ハプティクス(=触覚技術)を動画配信に応用すべく「FeeLive」プロジェクトを立ち上げました。人々がリアルな触れる感覚に飢え始めている現代。ハプティクスを通じて、よりリッチな視聴体験をユーザーに届けるべく、デバイスを開発中です。今回は、プロジェクトチームのスタッフと本プロジェクトのアドバイザーを務める慶應義塾大学の南澤孝太教授による座談会の様子をお届けします。
「FeeLive」プロジェクトメンバー
■菊池 雄也
UXデザインクリエーティブ室 UXデザインプランニング2部
クリエイティブ・ディレクターとして参加。「FeeLive」のロゴやステートメントの作成等のクリエイティブ全体を統括。
■川内 史
UXプロデュース室 UXプロデュース部
クリエイティブプロデューサーとして参加。事業化に向けた計画などを担当。
■家倉 マリーステファニー
UXプロデュース室 UXテクノロジープロデュース部
本プロジェクトの発起人。大学院で南澤教授の学生として、触覚の研究をしていた。
■小山 貢弘 +tech labo
本プロジェクトのプロデューサー。
■北村 侑大 +tech labo
ハードウェアエンジニアとして実際の試作品の制作を担当。
■南澤 孝太 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授
触覚や身体拡張技術の研究を行う。本プロジェクトにはアドバイザーとして参加。
コロナ禍の今こそ、ハプティクスが求められる
−−初めにこの「FeeLive」プロジェクトが始まった経緯を教えて下さい。
小山:現在、広告やプロモーションを展開しても伝わりづらくなってきているのが現状です。その一つの要因としては、広告プロモーションの多くが、視覚の情報(=ビジュアル等)や聴覚の情報(=音等)を通じて展開されていますが、これらの情報は、情報があふれる現代において埋もれてしまうためではないかと考えられます。そこで、既存の広告プロモーションにハプティクステクノロジーを加えて、「感じる」広告・プロモーションを展開できないか?ということを考え始めたことからスタートしました。
例えば、キャンペーンにCMの中の「動き」や「音」を再現することで応募ができるとか。そういった「感じる」広告・プロモーションを整理していく中で、「触覚」を用いたものにチャレンジすることになりました。
小山 貢弘
家倉:私が大学院時代に、南澤教授の学生として触覚の研究をしていたこともあり、発起人となって、小山、川内とともに「FeeLive」を立ち上げました。南澤教授はプロジェクト開始前から相談にのってもらっていて、現在はプロジェクトのアドバイザーとして、様々な助言をいただいています。
−−現在のコロナ禍にあって、ハプティクスが一層注目されているようにも感じます。
南澤:コロナ禍の中で人と触れ合う機会が少なくなり、これまで当たり前にあった触覚体験が失われるという状況が生まれました。失われて初めてそれを伝えられる価値に気づけたのかなと思います。
小山:私は音楽のライブに行くことが好きなんですが、音楽のライブは目と耳だけで感じているわけではなくて、ベースやドラムの音などを振動として感じるものなんですね。これを映像配信などで観るとなったら、やっぱり物足りないなと感じると思います。その物足りなさを満たすものが、いま求められているのではないでしょうか。
家倉:プロジェクト自体は以前からスタートしていて、当初は音楽ライブやスポーツ観戦などのイベントでハプティクスを活用することを想定していました。しかし、コロナ禍の影響で、イベントの開催自体が難しくなり…、家庭で使用できるデバイスの開発にシフトせざるを得なくなりました。が、私自身は家庭での活用がなかなか想像できなくて…。でも、南澤教授は「全然できるよ」って(笑)。
南澤:僕らは触覚をデジタル化することで、離れていても繋がることを目指しています。まさにそれこそが、コロナ禍の今やるべきことだと思うんです。オンラインの会議ツールに触覚を加えたらどうか。オンラインライブに触覚が加わるとどう感じるか。実験してみると、結構伝わるんですね。お互いが離れていても、そこにお互いが居る感じを、触覚を通じて伝えることができる。「FeeLive」では、僕たちがそういった研究レベルでしていることをもっと多くの人に使ってもらえるようにスケールさせられるといいなと思っています。
家倉 マリーステファニー
普及に必要な種づくりも
菊池:コロナ禍を経験して、例えば音楽だと振動が伝われば体験をリッチにし、より楽しませることになるんだなと実感しています。いずれは、例えば映像のコンテンツを楽しむにしても、触覚の体験を加えると、単なる映像では物足りないと感じさせることができ、面白いんじゃないかと思っています。
川内:今回、家庭で使えるデバイスを試作していますが、簡単にしかも自分で観たい作品を観ているときに振動を感じられる仕組みは、画期的で面白いと感じています。菊池が言ったように、このデバイスが普及して、触覚の体験がないと物足りないくらいになるといいなと思いますね。
菊池 雄也
北村:広告プロモーションにおけるハプティクスデバイスの普及にも貢献しながら開発を進めていきたいですね。視覚や聴覚に対して訴えてきた我々のビジネスで、触覚は“空いている感覚”なので、世の中にどのように普及させていくか、普及のための種をいかに作っていけるかだと思います。
小山:目と耳に伝えることは限度があるので、触覚に訴えるということでもありますよね。
北村:私の観点から言えば、商品というより、規格化なんですよね。ドルビーアトモス(DOLBY ATMOS)みたいなロゴを作りたい。
菊池:『このデバイスは「FeeLive」対応です』みたいな。
北村 侑大
触覚コンテンツに必要なこと
南澤:かつて研究室の中だけのものだった触覚テクノロジーの話に、時代の流れが到達してきていると実感しています。ただ、社会に普及させるには、テクノロジーだけではだめで、デザインとコンテンツが非常に重要です。テクノロジーをコンテンツと結びつけて、いろんな人に価値として伝えていく。そうすることで初めていろんな人の生活をより良くするためのものとして触覚を届けられるなと。
−−触覚コンテンツはどこを目指せばいいのでしょう?
南澤:「HAPTIC DESIGN」というプロジェクトを進めていて、そこでは触覚体験を「質感」「実感」「情感」とまとめています。
「質感」:手触りの感覚
「実感」:確かにそこに自分がいるという感覚
「情感」:心が繋がる感覚
この3つに到達すると僕たちのコミュニケーションは大きく変わるんじゃないかと考えています。
小山:「実感」とは、視覚のような映像情報のことですか?
南澤 孝太教授
南澤:いや、そちらではないのが「実感」でして。モノに触れたときの手応えのようなものですね。もともと僕が触覚の研究をスタートしたのは、VR(=バーチャルリアリティ)がきっかけなんです。VRで映像と音を体験していても、そこに手をのばすと「(触れなくて)スカっと」なるじゃないですか。これはダミーだなと感じてしまうわけです。そうすると「実感」が得られなくなくなる。もし、その時、タッチすることができたり、手触りを感じることができたりしたら、そこに何かがあるという「実感」が立ち上がります。映像よりも触覚のほうが「実感」に寄与しているんですね。相手の息遣いとか、人が周りを歩いている感じとか、意識はしていないんだけど存在にかすかに触れている。僕らが感じる「実感」のなかに触覚というのは大きく含まれているじゃないかと思っています。
小山:「実感」や「情感」を得るにも、触覚の要素が大きいということですよね。
北村:触覚でいうと、温度や痛みなども知覚できるので、今後はそういったものも増えていくかもしれませんね。
南澤:「熱」は面白いですよね。ちょっと温かくするだけで、例えば金属のロボットでも生々しさが生まれたりします。
小山:それが「実感」とか「情感」に繋がるのか。
南澤:僕らが動物として持っている本能的な部分なんでしょうね。ぬくもりを感じると生きている存在として認識する。
まずは白黒テレビからスタート
−−「質感」「実感」「情感」というキーワードが出てきましたが、「FeeLive」にはどのように活かしていけそうですか?
南澤:テレビでいうと、最初は白黒テレビでいいと思うんですよね。4Kテレビが作れるようになるまでテレビは出さない、というのではなく、まずは白黒テレビでやってみようと。昔、白黒テレビが出た頃って、お相撲さんが映っていたりすると、テレビの中に人が入っているんじゃないかって思う人もいたくらいでした。当時は十分にすごい価値を生んでいたわけです。それに近いことをこの「FeeLive」でできると、「それができるんだったら、そこに温もりを」とか、「もっと手触り感がほしい」とかいろんな新しい要望を喚起することができるはずです。まず、ベースの部分をおさえるというのがすごく大事なんじゃないかなと思います。
でも、フルカラーのテレビを体験すると白黒テレビには戻れないし、多分いまアナログ時代のテレビの映像を観ると「なんだこれ?」となりますよね。でも、当時はなんの違和感もありませんでした。触覚の技術も、将来「あの時は振動だけだったよね」と振り返る時が来るかもしれません。
そう言う意味では、相撲といった白黒テレビ時代のキラーコンテンツのようなものを、ハプティクスにおいても考えていかなければなりません。今日の体験会でもいろんな映像を出していますが。これは触覚が手放せなくなるよね、というコンテンツが生まれてくるとすごく強いでしょうね。
菊池:ヒップホップなどのビートが響くものかもしれませんね。ヒップホップを聴くときは、触覚がないと物足りなく感じるようになるとか。
南澤:あとは、みんなが気づいていなかったところで見つかるかもしれません。例えばASMR(=脳が心地良い、ゾクゾクするといった感覚や反応。咀嚼音やタイピング音など)のようなものと触覚が組み合わさると不思議な感覚が生まれるとか。
家倉:そういうものを専門的に掘り下げてみて、需要が見えてくるとデバイスの形なども、いろいろとトライできるのかなと思っています。今は、やりやすい形として座面を使っていますが。
開発中のデバイス。音声を振動に変換し、座った人に伝える
−−デバイスを突き詰めていくことと、フィットするコンテンツを考えることの両輪を回していく必要がありますよね。
南澤:どちらかではなく、そのどちらをもやっていくことが重要ですね。分離してしまうとたぶん良くない。
川内:もっといろいろな人に体験してもらって、どんなニーズを掘り起こしていけば、効率的に「FeeLive」が広まっていくかなというのを考えつつ、その両輪を調整していけると良いんじゃないかなと思います。
川内 史
南澤:触覚って記憶にも残りやすいですしね。見ているだけだと記憶のなかでスルーされてしまうものでも「実感」が伴うようになると自分の記憶として残るようになります。何らかのコンテンツ体験が、触覚があることによって記憶に残るという状況を作り出せると一つの突破口になると思います。
広告プロモーション×ハプティクス
ゼロから創り出す存在としてチャレンジしていきたい
小山:南澤教授が「質感」「実感」「情感」とおっしゃいましたが、改めて今はそういうものに対する欲求が増している時代だと感じています。ハプティクスはこういう時代にふさわしく、また必要とされるテクノロジーだと思います。特に広告プロモーションの分野でのハプティクスの活用に取り組んでいるのは、我々が初めてだと思います。例えば、映像のコンテンツホルダーの方など、いろいろな企業の方々と一緒にプロジェクトを進めていきたいと思っています。この試作品に座っていただきながら、いろいろとお話をしていきたいですね。
座面型のデバイスを開発中です!
座談会当日は、電通テック社内でハプティクスデバイスの体験会を実施。アクリル板と金属を使った4種類の座面デバイスに座り、映像と音声とともに、座面から伝わる振動の感じ方をテストしました。本体験会の参加者にはアンケートに回答いただき、デバイスの改良やコンテンツ作りのヒントを得ることができました。このヒントを元に、「FeeLive」をより前進させていきます。
構成=TAPE
撮影=土佐麻理子