巣立ち雛
ここ最近は家庭菜園に忙しくて、note を見ることもほとんどなかった。自宅に小さいながら畑があって、例年自家用に好きな野菜を種から育てては食べている。
その週末は朝から庭に出てナスや唐辛子などを植えた。
こうゆう日はうちの猫も私について外で土にまみれて過ごす。
土曜日の夕方日没の時分、時間に追われながら畑でナスの苗を植えていた。すると猫が、私の目の前で何かを落として遊び始めた。畑は手抜きのため雑草がボウボウで何を持ってきたのか初めは分からなかった。
パタパタっと小さな塊が30センチ程飛んだ。スズメの雛だ。
「ダメッ!! やめてー」慌てて取り上げた。あー面倒くさいモノを持ってきた、と思いながら両手ですくいあげると、風切羽根がまだ短い、巣立ったばかりのスズメの子だった。幸いにも傷一つ見当たらない。どうやって傷つけることなく、彼はこの子を運んだんだろう? 彼は私の足元で立ち上がって、僕に返して〜と言わんばかりに雛に手をのばす。周囲には親鳥は見当たらない。ちょうど日没直後であたりはこれから暗くなり始める時間。仕方なく家の中に運び、小さな飾りカゴにティッシュを敷き詰め、ダンボール箱に入れて猫の手が届きそうもない場所にとりあえず置くと、畑の作業に戻った。野生動物は興奮状態のままでは何も良いことはない。ひとまず落ち着かせてから今後を考えようと思った。
すっかり外は暗くなり、作業を切り上げて家の中に入る。雛はカゴの中で大人しく丸くなっている。シリンジで白湯を口に持っていくと、くちばしを震わせるように飲んだ。うちには鳥は飼っていないため、餌になりそうなものはない。ネットで緊急時の雛の餌を検索するとゆで卵の黄身がいいという。作ってとりあえず口元に持っていってみたものの、口を開けるはずがない。そりゃそうだ。親からずっと虫をもらってるんだもの。仕方なく指で小さなくちばしをこじ開けて舌の上に乗せたらベロベロと吐き出した。栄養があるんだからまずは食べてみてよ、と語りかけながら今度は口の奥に押し込んだ。飲み込んだ。よし! いけそうだ! 3口程入れたがあまり美味そうに食べてくれない。やっぱり虫かあ・・・
ミニライトを持って夜の畑に虫を探しに行く。堆肥の中にハムシの幼虫2匹とバッタの赤ちゃんを捕獲。これは美味そうに食べた。最後のバッタ、足を取らずに口の中に押し込んだらつっかかったらしく、首を曲げてしばらく動かなくなってしまったが、なんとか飲み込んだ。
明日はどうしよう? うちの猫はどこでこの子を拾ったのだろう? もし親が見つからなかったら飛べるまで面倒見ないといけないのか・・・と、取りとめなく考えた。
日曜の朝は部屋中に響き渡るチュンチュンという鳴き声に、ハッとして飛び起きた。室内に置いてある野菜育苗用の小さなビニールハウスにダンボール箱ごと雛を入れて、昨夜は就寝した。雛はダンボール箱から出てビニールハウスの隅っこに小さくなって鳴いていた。外から聞こえる朝のスズメたちのさえずりに反応して、雛が盛んにチュンチュンと鳴いていたのだ。猫がそれを見つけて周りを右往左往している。
親が来てるのかも? チャンスだ!
急いで猫用キャリーに雛を入れて、庭のジャガイモ畑の合間に置いてみる。すぐに2羽の親鳥らしきスズメが寄って来た。探していたのだ。ケースの扉を開けておく。雛はピョンピョンとケースから出て来た。親鳥は嬉しそうに雛に寄り添ったり飛んだりしながら、雛を連れて我が家の庭から離れていった。
ああ、良かった! 無事に親元に帰せることができた。
これで一件落着。のはずだった。その日暗くなり始めた夕方、また猫が私の目の前に何かをポトリと置いた。今朝放した雛だった。
えー!!! また捕まえちゃったの?!
日中は餌を運んだり、飛ぶことを教えたりして親鳥は雛と一緒にいるが、日没後は飛べない雛を地上の茂みに隠してねぐらに行ってしまう。もう辺りにいなかった。この辺のスズメは山のふもとの竹やぶに寝に帰る。本来、自然の中では人間が野生動物に手を出すべきではないのはわかっている。雛は放っておくのが筋なのだろうけど、うちの庭がこの親子の生活圏である以上、猫を外に出ないように見ていなければならない。自宅付近にいたらうちの猫のおもちゃになって死んでしまう。かと言って猫の目の届かない遠い所に放してしまうと、親鳥が見つけられなくなってしまうかもしれない。
去年、猫がカヤネズミを獲ってきた。取り上げて彼が見えないように家から50メートルほど離れた草むらの中に放したのに、1時間後また同じネズミを捕まえてきて死なせてしまった。ある意味、彼は名ハンターなのだ。だがここはスズメさんの安全のために、仕方なくまた保護することにした。真っ暗の畑で、ライトを照らしながらアオムシを捕まえて来て雛に夕食を与える。今夜のアオムシはちょっと大きいから、仕方なくハサミで切り分ける。私にはかなり萎える絵図。グッチョリとしたスライム状のムシの破片。これを口に放り込んでやると、雛はおいしそうに食べた。
月曜の朝、出勤の前にお隣のうちの庭の茂みに雛を放した。親鳥は見えなかったが、近くにいるはずだった。猫は一日家に閉じ込めた。
私が仕事を終え帰宅した時、猫はいつものように外に出たいとせがんできた。毎日外で遊び呆ける彼は、うちの中で一日中過ごすことはあまりないから、ずっと我慢していたに違いない。私同伴を条件に外に出した。彼はお隣さんの畑を抜けて、まっすぐに山側のもう使われていないビニールハウスの残骸のある荒地に向かった。そこは彼の散歩コースとしてはかなり遠い。膝ぐらいの高さまである雑草が茂る中を進む彼の視線の遥か遠いところには、ビニールハウスの残骸に止まって戯れているスズメの集団がいる。猫と私が近づくとスズメ達は飛び去った。そのうちの2羽だけゲーゲーといういつもとは違った鳴き声を発しながらビニールハウスの残骸から離れない。ゆっくり近づこうとする彼の隣で私も一緒に歩く。すると10メートルくらい先の深い草むらの中から聞き覚えのあるチュンチュンという鳴き声が聞こえてきた。猫はそこに何がいるのかがわかっているのだ。行きたがる彼を静かに制止して、私が敢えて音を立てると、鳴き声の主は静かになった。行きたがる彼に言った。「あのスズメさんは獲っちゃいけないの。」彼はじーっと私の顔を見て、「ニャー」えーなんで? という表情。「お父さんとお母さんがいてね、一生懸命育ててるの」そう説明してその場から離れるよう促すと、理解してくれたのかどうかは分からないが、しばらく雛のいる方を見つめて、ちょっぴり未練がましい素振りを見せたあと、私と一緒にその場を後にした。猫にしてみれば、せっかく飼い主に自慢したくて捕ってきた面白いおもちゃを諦めさせられたわけで、親バカではあるが、彼はいい子だ。猫を外に出すからそうゆうことになるのだという非難もあるが、彼は毎日いろんな経験をして、日々成長しているいい子なのだ。
あれから10日、あのスズメの雛は見ていない。猫も翌々日からいつも通り外に出ているが、このところ何かを獲ってきたことはない。親鳥のスパルタ教育を受けて無事に一人前に飛べるようになってくれたんじゃないかなあと、勝手に思っている。
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