ニューヨーク、一人旅 #7
――私の家族と、音楽の話
子供の頃。毎日の夕食の時間、食後のデザートを食べながらのんびり涼んでいる時間、ベランダで夕陽が沈んでいくのを見ながらぼーっとする時間、家族でいる時間は父がいつも音楽をセレクトしてかけていた。
旅行ともなると彼はその旅専用のプレイリストを作り、車で流し、ホテルの部屋で流し、ビーチに行く時もポータブルCDプレイヤーで流していた。そうやって常にJazzやAOR*のある空間で育ったので、私の中に深く染み込んでいて、たぶんそれなしには生きていけない。音楽は私にとって水みたいなもの。
*AOR…Adult Oriental Rockの略で、80年代に流行った洋楽。ロック・ジャズ・ソウルのフュージョンのようなイメージで、都会的なサウンドが特徴。代表格はBobby Caldwell、Boz Scaggs、Christopher Cross、Chicago、Toto…etc
好きなものにとことん一途なのは良いが、特定のシチュエーションで同じ曲をあまりにしつこくかけるから鬱陶しくなって、Kenny G.の曲に「これは、しゃぶしゃぶの曲や!」と命名したりしてよく茶化していた(なぜか家族でお鍋を囲む時はいつもKenny G.だった)。それも含めて、家族の思い出がふわりと蘇る音楽が何百曲も自分の心の中にあることが、なんというか、人生の宝物かもしれない。思い出と一緒にいた音楽をいつでも再発見してコレクションできるこの時代って、なんて素敵なんだろうか。
――東京と、音楽の話
東京に住む特権だと思うことが2つある。1つは、Billboard LiveやBlue Noteといったちゃんとしたジャズクラブにふらっと行って、本物のJazzやAORを体感できること。現に父には「東京でしか経験できない音楽がたくさんあるから、惜しみなくお金を使いなさい」と言われている。ジャズクラブに行けって、ちょっと珍しい教育?
ちなみに、80年代の流行曲が多いからアーティスト達は皆おじさんからおじいさんにあたる世代で、ファンも40代から60代がコア層。だからライブでは私がこのフロアで最年少、なんてこともよくある。
2つ目は、アーバンスタイルなAORの楽曲イメージに合った都会の情景がそこら中に広がっていること。恐らくマニアックの域に達している私には、"この曲にはこんな夜景のイメージ!"のような、曲ごとの理想の光景がたくさん脳内で整理整頓されているので、正直iPhone片手に散歩しているだけで十分楽しい。笑
――Blue Note Jazz Club
前置きが長くなったけれど、話し出したら止まらないぐらい自分のコアにあるのは、やっぱり音楽なのだろう。だから、今回の旅先は絶対NYだった。Blue Noteには絶対に行きたい。こんなに想いのある空間だから、本場に行ってみたい。
ホテルにチェックインしてワンピースに着替えて向かったのは、ワシントンスクエアの西側にあるBlue Note Jazz Club。ドキドキ。
南青山という立地のBlue Note Japanと対照的にすぐそこにマクドナルドがあるという立地、外観の雑多さ、中は段差が少なく、想像以上にカジュアル。全体的にかなりこじんまりとした佇まいだった。
着席してスパークリングワインをオーダーして、開演待ち。街中で一切会うことのなかった日本人がここにはいっぱい。開演が近づくとともにどんどんぎゅうぎゅう詰めになるから、隣の人とおしゃべりをして待つ。
近い。日本より箱が小さいから、すごく近く感じる。肩ひじ張らずにこんなに近い距離でジャズを気軽に聴ける。金額も日本に比べてぐんと安い。ワンピースも必要ないぐらい、Blue Noteがこんなにカジュアルな存在だった。羨ましい。
音楽自体が日本で聴くものと違ったかというと(日本でも本物を聴いているから)明確な違いはなかったけれど、たくさん働いて自分で稼いだお金で、間違いなく自分の夢が1つ叶った。不思議な達成感があった。笑
そんな満足感に浸りながら、熱気のこもったジャズクラブから抜け出して22時半の冷たい風が吹くマクドナルドの道に出た。いつもの音楽をイヤフォンで聴きながら、地下鉄に乗って帰る。
――NYの地下鉄と、音楽の話
景色やお店を見ながら地上を散歩するのも楽しいけれど、行き交う人や乗車している人にフォーカスして人間観察ができる地下鉄もまた好きになった。ダイバーシティを一挙に感じられる空間。ただ、駅構内と車両の表示がややこしく、結局最後日になってもうまく乗りこなせなかった。私が方向音痴なのか、もう乗ってみないとその電車がどこに向かっているかが分からないなんてこともあって、賭けで飛び乗ってみたりしていた。
その夜もそう。ん?!これか?と飛び乗った電車が、また行先と逆方向に進んだ。
あーまた間違えた…と一人で落胆していたら、突然目の前の乗客が"Ladies and gentleman!"と大きな声で話し始めた。ただでさえ慌てていたから、ぎょっとした。
「自分はシンガーソングライターで、今から歌います!」と宣言して、ギターを弾き始める。切ないギターの音色が流れる車内、みんな見て見ぬふりをする中、真ん前のドア前に居た私だけが彼を凝視していた。次の駅までのたった数分間だけだったけれど、歌も上手で、良い曲だった。みんな、できればもっと聴いてあげて欲しい。
車内ソロスタイルの人もいれば、ある日はホームでバンドにも出会い、またある日はサックス奏者にも出会った。地下鉄に乗れば毎晩必ず出会える遠い町の知らない音楽が楽しくて、わくわくした。
そんな素朴で、街の人達にとって身近な音楽が、音楽のシンプルな楽しさを思い出させてくれた。
つづく