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もはやソロアーティストでもバンドでもなく一種の劇団の主催者、といっていいのではないか。椎名林檎の最新アルバム『放生会』
『放生会』と書いて「ほうしょうえ」と呼ぶらしい。仏教用語らしいが、まさに生き放つ会であり(殺生を戒めるという意味があるらしい)、アルバム全体にその力と熱がみなぎりあふれている(と書いたところで改めて調べてみたところ確かにこの漢字の本来の読み方は「ほうしょうえ」であるがアルバムとしては「ほうしょうや」と読ませるようである)。
一応、椎名林檎個人名義のアルバムであるが、他のアーティストとボーカルをコラボしている曲も多く、また、バンドというよりも「楽団」という言い方をした方がふさわしいメンバーがバックセッションを固めていることもあり、これを椎名林檎氏のディスコグラフィにおいてどう位置付けるのか、その判断は難しい。しかし傑作、しかも大傑作であることは間違いない。ソロアーティスト椎名林檎として、そしてバンド「東京事変」としてすでにやりたいことはやりつくしてきた彼女の、新境地というか新路線というか、新挑戦というか新戦略がここにはある。前作『三毒史』でもその傾向は認められたが、ここに来てそれをさらに前面に出してきたと言えよう。言ってみれば椎名林檎劇団、あるいは椎名林檎楽団である。そこでの椎名林檎氏は劇団の主催者にして演出家であり、トップ女優である。そしてその劇団には「客演」として様々なジャンルからのトップが招かれる。その人選を行うのも椎名氏である。前回の『三毒史』ではそれが男性、つまりは椎名氏のいわば相手役だったわけだが、今回はそれが女性、しかも、キャリア的には椎名氏よりも下の世代の人たちである。そしてその「客演女優」が出ている曲においては、むしろその「客演女優」のほうが主役であり、椎名氏は喜んでその脇を演じている。そしてその選ばれた「主演女優」たちは自分のその劇団、楽団の世界観とそこでの自身の立ち位置をしっかりと理解した上で、劇団トップである椎名林檎氏と見事に張り合っている。
とくに今回驚かされたのはPurfumeの「のっち」であり、「新しい学校のリーダーズ」のメインボーカルであるSUZUKAである。普段は声を加工している「のっち」の生声が聴けるだけでも貴重であるし、その歌声、その迫力は椎名林檎氏と張り合ってもまさに互角である。あのクールビューティーの「のっち」に敢えてこれをさせる椎名氏の演出力にも脱帽であるし、それを完ぺきにこなす「のっち」にも脱帽である。個人的には是非「のっち」のソロアルバムを椎名氏にプロデュースしてもらいたいくらいである。
そして「新しい学校のリーダーズ」!メインボーカルであるSUZUKAの歌声には定評があるが、ここまで凄いとは!そしてこれは是非PVを見て欲しいのだが(というかこの『放生会』は、是非、フル尺でのPVのDVDを出してほしい)、他のメンバーのダンスもまたこの作品の一部である。そう、その意味でもやはりこのアルバムは椎名林檎劇団のアルバムであるとも言えよう。それはまさに舞台でありショーであり、ビジュアルも欠かせない重要要素なのである。
そして「劇団」「演劇」という意味では、このアルバムでは曲と曲の間に全く間がないことにも注目したい。これはある意味今の時代の配信中心の曲の在り方に対する椎名氏なりの意思表示なのだろうか。まさにアルバム自体で一曲というか一つの作品、一つの演劇、一つの舞台となっているのである。
すでにスーパースターとしての地位を確立している椎名氏のような人に、これだけの前衛を思いっきりやられてしまえば、前衛気取りのインディーズ音楽家は、もうお手上げである。前衛にして最高のエンターテイメント。それがまさにこの作品である。