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【プレイバック・シアター】アクターとして繰り返し経験することで身につくもの(研究生日誌島本たかこ)

プレイバック・シアターのワークショップでは、テラー(語り手)が語った実体験を即興劇にする。アクター(役者)はたいてい三人で、参加者の中から希望者を募ることもあるし、テラーが指名することもある。今回はこのアクター経験について少し書いてみる。

アクターをする時、役の立場や状況、性格、考え方、抱えている感情や葛藤などが、私自身の経験に近いこともあれば遠いこともある。役と自分自身が近い時は、イメージがしやすく演じやすい反面、自分勝手に劇を引っ張ってしまってストーリーを微妙に曲げてしまいそうな危うさも感じて、かなり気を使う。即興なので考えている暇がない。演じながら、自分の経験からくる感情と役としての感情がどうしても入り混じってしまうのを感じつつ、できるだけテラーの語りに忠実に沿えるよう瞬間瞬間を尽くす。

逆に、役と自分自身が遠い時は、劇が実際に始まるまで全く感情移入できないことも多い。そのため、劇が始まるまでは大丈夫かな?演じられるかな?と不安になっていることも多いが、それでもただ精一杯やるだけだと心を決めて演じ始める。

興味深いのは、劇が始まるまでは「情報」として知っているだけだった感情が、演じている最中に実際に胸の内に湧いてくることだ。私が実際に経験したことがない状況、立場、関係性、葛藤、なのに、劇中で他のアクターと関わり合ううちに、テラーが語っていた怒りの感情が自然に自分の内に湧いてくる。そして声に感情がのってくる。「あぁこの立場に立つと、相手にこういう関わりをされるとこんな気持ちになるんだな」と身をもって体験するのだ。

それにしても、私が感じたこの「感情」は、一体誰の感情なのだろうか?テラーの感情なのか?私の感情なのか?

「役をやりながら、あなたの怒りが出てきたんですね」と言われると、私の中に「ん?」という違和感が点滅する。
そうなのか?本当に、そうなのか?私自身がずっと抱えてきた感情が役を通して引き出されたのか?なんか、違う気がする。
自分がずっと蓋をしていた感情や、自分にとって馴染みのある感情が、役を通して外に表れた、とは違う気がする。
だって、私自身は「今この瞬間に生まれた感情を経験している」と感じていたから。だからこそ、私は「あぁそうなのか、この立場でこの状況に置かれると、こんな気持ちになるんだ」と、自分とは全然違う人生を歩んでいるその人の気持ちを少しだけ追体験できたような気がしたのだ。

例えば、母乳は赤ちゃんが乳首に吸い付く刺激によって、その場で血液から生成される。乳腺の中に母乳が溜まっていて、それを赤ちゃんが吸い出しているのではない。私のアクター経験は、母乳のように今ここで受けた刺激によってその場で生成されるイメージの方がしっくりくる。

しかし、果たして私が感じた「感情」は、本当に「テラーが語っていた感情」なのか?それもたぶん違う。テラー自身が経験した複雑な感情が、数分間の即興劇で忠実に再現されるはずはない。だから「テラーの気持ち」をアクターが正確に追体験するはずはない。

このようなアクター経験を、どういう言葉で総括できるのか私にはまだわからない。「アクターをしながら、あなた自身の感情が出てきたのですね」と言われると「んー、ちょっと違う」と感じてしまう。でも、「アクターをしながら、テラーの感情を経験したのですね」と言われると、「いや・・・、本当にそうかどうかはわかりませんけど・・・」と口をモゴモゴさせながら言うことしかできない。

ただ一つ言えるのは、アクター経験を重ねることで、人は、ある状況、ある立場に置かれた時に、特定の感情や考えが自然に生じるものだ、ということに関しては、だんだん確信を持ち始めるということだ。

その経験を重ねていくと、実生活の中で自分がある状況、ある立場に立たされて、他者から思いがけない扱いを受けて混乱する気持ちが生じた時に、それを「私の感情」と言うごく個人的なものとして捉えるのではなく、「私が今感じている怒りや悲しみや落胆や傷ついた気持ちは、私だから感じる個人的なものではなくて、もしかしたら誰でもこの状況に置かれたら自然と抱く感情なのかもしれない」と、自分自身をその混乱から少し切り離す視点を持つことができる。そうやって自分を含めた状況の全体を少しだけ俯瞰することができる。

そんな風に俯瞰していくと、その状況の中に自分にとって新鮮な感情と、自分にとって馴染みのある感情の両方が混在していることが見えてくる。新鮮な感情はもしかしたら「この立場に立ったら誰でも感じる感情」なのかもしれないし、馴染みのある感情はもしかしたら「私がいつもやってしまうパターン化したもの」なのかもしれない。そうやって腑分けしていくと、自分がやるべきこと(課題)も少しだけクリアに見えてくる。


羽地朝和プレイバック・シアター1Dayワークショップ

【日 時】12/14(土)10:30-16:30
【会 場】中目黒周辺施設(詳細はお申込み頂いた方にご案内いたします)

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