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渋谷芸術祭2022_CULTURE CONNECT 09_ヒグチアイ コラム『未完の街』

「未完の街」

コンビニでその街の治安を知る。トイレの貸し出しについての張り紙だ。「ご自由にどうぞ」。
この張り紙がしてあるところは大体駐車場が広い。

「一言お声がけください」。
これは都内でもちょこちょこ見かけるが、たまに家族で経営しているコンビニなんかに当たると優しさに心がほぐれる。

「トイレありません」。
これはもうウソ。トイレはある。あるけど、貸したくない。断固とした意思が伝わってくる。
渋谷にあるコンビニはほぼ、いや100%と言っていいほどこれだ。

カフェには人が溢れかえっていて、どこの店に入るのも土日は並ぶのは当たり前。店の外にずらりと並ぶ椅子、そこには座りきれない人。スクランブル交差点は、多い時は一回で3000人以上が渡るらしい。その人たちはどこへ向かうのか。それぞれの坂を登っていく。

上京初の渋谷は円山町にあるライブハウスだった。道玄坂を登ってコンビニを右に曲がるとたくさんのライブハウスがある地帯がある。ラブホテルとクラブが混在している夜も眠らない場所だ。ビルの7階にエレベーターで上がって会場の中に入った時には、これから東京でなにかを成し遂げてやるんだと意気込んだものだった。
あの日以上に自信たっぷりのライブをしたことはないし、今後もないだろうが、当たり前のように客の反応は薄かった。終演後共演した女性シンガーソングライターたちが甘いお菓子をもらったり同じアングルの写真を延々と撮られていたり長時間お客と話をしているのを見て困惑したりもしたっけ。
その帰りに見た道玄坂は突然の雨が降ってきた影響でビニール傘が溢れていて、その様子をクラゲに喩えて歌にしたっけ。

東京に住んで14年。未だに渋谷に通い、ライブをしている。もう物販に出ることはなくなって写真を撮られたりはしなくなった。お客さんの数も少しずつ増えている。それでも、あの日渋谷で初めてライブをした日に決意した夢は叶っていない。そしてその夢は、もう叶うことはない。
渋谷の街には誰かの描いては捨てられた夢が漂っている。それを生気に、新しいビルが建っているように思える。

何者でもない、可能性があると言えば聞こえはいいけれど、そんな夢だけで膨れ上がったパンパンのわたしは、小さいけれど働く場所があって、少しだけど求めてくれる場所があって、それ以外には何もない、興味のない、誰でもないわたしを許してくれる渋谷が好きだった。今も、それは変わらない。おまえはおまえでやれよ、と。いつまでも変わり続け、完成することのない渋谷は常に新しいことを発信し続けている気がする。
「あの頃がよかった」なんてまだ言いたくないから。裏切り続けろ。動き続けろ。変わり続けろ。誰でもないわたしの声が聞こえる。

ヒグチアイ

平成元年生まれ。シンガーソングライター。
2 歳のころからクラシックピアノを習い、その後ヴァイオリン・合唱・声楽・ドラム・ギターなどを経験、様々な音楽に触れる。18 歳より鍵盤の弾き語りをメインとして活動を開始。2016 年メジャーデビュー。圧倒的な説得力を持って迫るアルトヴォイスとピアノの旋律、本質的な音楽性の高さが業界内外から高い評価を受け、2022年TVアニメ「進撃の巨人 The Final Season Part2」のエンディングに抜擢。『悪魔の子』を書き下ろし世界中から反響を得ている。

渋谷芸術祭

岡本太郎の作品「明日の神話」が渋谷駅へ恒久設置されることが決まったことを契機にスタートした「渋谷芸術祭」は今年で第14回目を迎えます。日本を代表するメディア都市・渋谷で開催するからこそ、街全体をギャラリーと捉え、あらゆる空間をチャレンジする人たちへ解放し「都市とアートの関係性」を模索します。
毎年秋に約1週間、多様な人々がアートに触れ、アートを考え、アートを体験する機会を創出し都市と都市、人と人、過去と今、今と未来をアートで繋げる国際文化観光都市・渋谷が取り組む文化事業「渋谷芸術祭」です。


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