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世界に通用する伝統工芸を。大館曲げわっぱ職人とだんじり彫刻師トークセッションレポート

2024年11月、渋谷スクランブルスクエアに本社を置くエヌエヌ生命と渋谷区観光協会の協働で、トークセッション「SHIBUYA ART SCRAMBLE 2024木工芸術の世界へようこそ!」を開催しました。

「中小企業サポーター」エヌエヌ生命が渋谷に本社移転したことを機に、渋谷の地の利を活かした中小企業の支援を目指し渋谷区観光協会に声を掛けたことから始まったご縁。対話を重ねるうちに、二者の意識は中小企業の事業承継に関する課題解決に向かいました。オランダに親会社を持つ保険会社として、海外で当たり前に行われている取り組みを日本で広く知ってもらいたいという思いと、まちづくりを担う観光協会として商店会の商いをさらに活性化させたいという思いが共鳴し、今回のイベントが実現しました。

左:一般財団法人渋谷区観光協会事務局長 小池ひろよ、
右:エヌエヌ生命保険株式会社事業開発部長 遠藤哲輝さん

秋田県大館市の伝統工芸品「大館曲げわっぱ」の第一人者である有限会社柴田慶信商店の柴田昌正さんと、2021年からエヌエヌ生命のサポートのもと海外市場で挑戦を続けるだんじり彫刻師、株式会社木彫前田工房の前田暁彦さんをゲストに迎え、木工芸術への理解とその可能性を探る濃密な対話が交わされました。伝統工芸に携わる人だけでなく、仕事への向き合い方や働きがいについて多くの示唆を与えてくれた豊かな時間をレポートします。

「良いものを作れば売れる」からの脱却を目指して

大学卒業後、父親の技術を継いで曲げわっぱ職人になった柴田さん。職人としての26年を振り返ると、プラスチックやアルミ容器の普及によって曲げわっぱの需要は衰退する一方だったと言います。だんじり彫刻師の前田さんにも同様の課題がありました。だんじりの耐久性は高く、新調するのは70~100年に一度。平成の30年間で多くのだんじりが新調されたため新規の需要がほぼなくなり、令和に入ってからだんじり制作の仕事が激減しています。

「曲げわっぱ作りは好きだけど、好きだけで食べていくのは大変。なんとか食いつないでいる状態だった」という柴田さんの言葉には、伝統工芸を継いだ後継者の厳しさが凝縮されていました。

左:有限会社柴田慶信商店 代表取締役社長 柴田昌正さん、
右:株式会社木彫前田工房 代表取締役 前田暁彦さん

二人はこの状況からどのように舵を切ったのでしょうか。最初に語られたのは、販売方法を見直して価格決定権を自らの手に取り戻すことでした。

「父親の手伝いを始めた頃は、問屋を通じて百貨店などで販売するのが主流でした。ただ、良いものを作っても手元に利益が残らない状況に限界を感じたんです。それで、自分で作ったものは自分で販売する思考に切り替えました。結果的にお客さんの要望が直接伝わり、それに応じた商品を作ることで売上が伸びた。今では問屋側から取り扱わせてほしいと言われるようになり、ようやく対等な関係が築けています」(柴田)

「だんじりの元請けは工務店で、私たち彫刻師は下請けです。町会と工務店で総額が決められた後、材料費や大工賃を差し引いた額が彫刻代になるんですね。この価格は見えないので、低価格なりの仕事をすると“手を抜いている”と批判される。さらに、中国の仲介業者の参入で価格破壊が進んで採算が合わないケースも増えています。だんじりを作りたいのに、やればやるほど赤字になる状況でした。今は大阪市内に拠点を移して、法人や個人向けの商品を自ら価格設定して販売しています」(前田)

価格決定権を持つことは、自身の仕事を客観的に評価することでもあります。しかし、前田さんが親方から言われた「職人は仕事で評価されるべき。口で仕事を取るようになったら終わりだ」という言葉が象徴するように、伝統工芸の世界では「良いものを作れば評価される」という価値観が根強く残っています。現代の市場環境で生き抜くために、旧来の価値観にとらわれず意識変革をする必要がありました。

前田さんは「作り手は自分の作ったものに値段をつけるのが難しい。この感覚は日本の伝統工芸の世界に蔓延していて、私も含めて多くの職人が『価値がある』と主張することに抵抗を感じています。でも、この意識を変えないと従事者を雇用して後継者を育てられない。職人であると同時に、経営者の視点を取り入れることが必要」と語りました。

柴田さんもまた、伝統工芸の未来を見据えています。「どんな仕事も同じですが、“好きな仕事だから”と給料の面で妥協していると、仕事が減って従事者がいなくなってしまう。消費者が良いものを生活に取り入れるためにも、私たちが仕事に見合った対価をしっかり受け取ることが重要で、適切な対価を得ることに対して遠慮や申し訳なさを感じる必要はないと思います」

伝統工芸職人の視点で見る、海外展開の可能性

柴田さんと前田さんには、海外市場へ目を向けているという共通点もあります。前田さんは、エヌエヌ生命が行う日蘭協業支援プログラム「Craft Runways」で出会ったオランダ人のデザイナー、キャロル・バーイングスさんとの交流を通じて意識が大きく変わったと言います。

「キャロルが、私の固定観念を崩してくれました。『こんな繊細な木の造形物は誰にも真似できない。あなたは素晴らしい技術を持っているのだから、最初から高い位置を狙うべき。技術を認められてから徐々に上がっていくやり方では、時間がかかってハイブランドにたどり着けない』と言われました。この発想は今の日本人にはできません。実際にキャロルとのコラボ作品を作ったことで、海外のデザイナーともやっていけるという自信もつきました。海外の方は“メイドインジャパン”に興味を持っています。日本の伝統工芸はもっと世界に出るべきだと感じています

前田さんと同級生の漆職人が手がけた木皿。漆をピンポイントで塗る技術はおそらく世界唯一で、従来の全面塗りとは異なる技術が必要。漆は気候や湿度で乾き方が変わるため多少のはみ出しは避けられないが、デザイナーはそれを許さなかったそう。前田さんはその厳格さから「世界基準とオートクチュールのスタンダードを学んだ」と言います。

柴田さんはミラノサローネへの出展をきっかけに、日本の伝統工芸品の未来を見ていました。「備前焼とコラボした卓上照明器具を出品しました。この経験を経て器以外のものを作りたいという意欲が湧いたし、世界中から大館を訪れるきっかけになるような魅力的な工芸品を生み出したいと思っています」

柴田さんの目標は、全世界から大館市に観光に行きたいと思ってもらうこと。大館曲げわっぱを通じて、大館の魅力を発信していきたいと話します。

“安さ”では測れない価値に目を向けてほしい

二人が海外へ目を向けるもう一つの理由に、価格の課題があります。手作りの工芸品は高価格なものが多いため、消費者の価値観や購買行動に差が出てきます。職人に敬意を払い、長く使える良質なものを日常生活に取り入れる消費者がいる一方で、安価で手軽に購入できる商品を繰り返し買い替える価値観を持つ人もいます。この価値観の違いが、海外展開に影響を与えていました。

前田さんは価格と価値のギャップについて、こう語ります。「今の日本は安さが正解という風潮が強まっていると感じます。でも、良質なものには高価格の理由があると理解してほしい。安さだけを追求する消費が続くと、職人の技術や伝統工芸の文化が失われる可能性もあります」

前田さんの話を受けて、柴田さんは自身の美学を語りました。「ものを売る際に『すごい職人が貴重な材料で作った素晴らしいものです』と価値を強調しすぎず、第一印象で美しさに惹かれて思わず手に取ってもらうのが理想です。購入後に調べたら『こんな価値があったんだ』と驚きを与えられるようなものづくりを目指したい」

廃棄していた端材は、宝の山だった

今回のトークセッションにあたって柴田さんから、大館曲げわっぱと木彫りのコラボレーションが提案されました。二人の協働で作られたのが、木彫りの雛人形と鏡餅。雛人形は台座内に、鏡餅は三方の中に収納できるように作られています。

「欲しいと思う雛人形に出会えなかったので、いつか木で雛人形を作ってみたかった」という柴田さん。優しい表情の雛人形ができあがりました。
柴田慶信商店では丸三方を販売しており、「鏡餅が欲しい」というお客様の声が寄せられていたそう。実は前田さんも木製の鏡餅の商品化を考えていたことから、絶妙のタイミングでコラボレーションが実現しました。

ここから話題は、それまで廃棄されていたものに新たな価値を見出した二人の取り組みに移ります。柴田さんは「腐りやすく汚れやすい」という先輩たちからの教えから、秋田杉の表皮に近い白太を廃棄してきました。しかし、樹木研究者に強度を確認したところ、普段使っている赤太と同じ強度だと判明したそうです。今は、吸水力の高い白太に漆塗装を施した曲げわっぱを作り、海外展開を目指しています。

一方の前田さんは、だんじりで使用した檜の端材を活用して、檜のエッセンシャルオイルを製造しています。だんじりに使われる檜は良質な名産地の材のため、純度100%のオイルが抽出できるそう。良質なオイルと端材活用のストーリーに共感する人も多く、売れ行きは好調です。

この価値創造のストーリーは、自ら発信できるSNS時代の後押しもあって、消費者にダイレクトに届きました。廃材や端材を活用して新たな市場を作り出す姿勢は、エシカルな視点でも注目されていくはず。二人の取り組みは、商売人やクリエイターにとって示唆に富むものになりそうです。

伝統工芸の承継から考える“好きな仕事”

最後に、伝統工芸の課題である後継者の育成について、会場から質問が寄せられました。地域の人口減少による後継者不足、技術の継承に時間がかかる問題、育成した弟子が辞めてしまうといった悩みは、会場に集まった職人たちに共通するものでした。この課題に対して二人から以下のような回答がありました。

「20年私の工場で育成した女性職人が独立しました。彼女の後輩も一緒に独立したので、当時は人手不足で大変でした。ただ、経営者の立場で見ると、弟子が辞めることに一喜一憂しても前に進めない。今は『いずれ全員が独立するだろう』という気持ちでいます。すると、高卒で曲げわっぱ職人を目指す若い世代も入ってくるようになって、今は20代から58歳まで幅広い年齢層が働いています。伝統産業と聞くと年配者が多いイメージがありますが、うちは若い力も育っているんですね」(柴田)

「うちは途中で辞める人のほうが多いんです。でも、私自身だんじりが好きでこの世界に入って好きな仕事に就けているから、継承には使命感を持っています。もし私の代でだんじり彫刻が途絶えてしまったら、後の世代に申し訳ない。だからこそ、だんじりが好きで仕事にしたいという人は必ず受け入れて、一度は修行を経験してもらうようにしています」(前田)

二人の話を聞いていると、工芸品に出会った瞬間のときめきから職人を目指す人や、脈々と継がれてきた技術のストーリーに惚れ込んで職業にした人は、本当に好きな仕事をしているのだなと感じます。今の日本で「好きな仕事をしている」と胸を張って言える人はどれほどいるでしょうか。おそらく多くはないと思います。生活のために働く中で“働きがい”を見つけるのは簡単ではありませんが、今回の二人の対話を通じて、仕事に対する考え方や情熱の発揮のしどころを感じ取っていただけたら嬉しいです。

最後は前田さんの言葉で締めくくります。

「もし自分に向いていないと気づけば、そこで諦めがついて次の仕事に全力で取り組めるはず。やる前に拒否してしまうと、『本当はだんじりをやりたかったのに』と未練を抱えたまま、他の仕事を続けてしまうかもしれない。だからこそ、『やりたい』という気持ちがあるなら一度は挑戦してほしいんです」


エヌエヌ生命について

エヌエヌ生命は「中小企業サポーター」として、中小企業の“大切なもの”を共にお守りする商品やサービスをご提供しています。中小企業の経営を持続させる源泉であるビジョンの実現のために、イノベーションを促進する多様なつながりの場をご用意します。グローバルな視点を得られる海外ツアー、異業種の仲間との交流イベントなど「ビジョンを実現するためのつながり」を通じて、新たなパートナーシップやビジネスチャンスを創出します。
https://www.nnlife.co.jp/

「家業イノベーション・ラボ」とは

「めぐり会いで家業を再発明する」家業イノベーション・ラボは、エヌエヌ生命とNPO法人ETIC.、NPO法人農家のこせがれネットワークの3社共催で行う家業後継者支援活動です。家業を持ち、その家業を成長させるためにイノベーションを起こそうとする次世代の挑戦者たちを応援します。彼らが家業の伝統を守りつつも、時代に合わせた自分らしいイノベーションを実現するための伴走支援を行っています。
https://kagyoinnovationlabo.com/

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