宇多田ヒカルの「桜流し」に潜む別れと喪失。
歌詞に込められた意味
宇多田ヒカルは六年の休止期間を経て、2016年に「fantome」をリリースした。
彼女は「Automatic」で鮮烈なデビューを飾り、「First love」「traveling」など弱冠10代にしてミリオンヒットを打ち出す大人気シンガーソングライターとなった。わたしは当時生まれていなかったが、十五歳の少女がデビューした直後のファーストアルバムで700万枚ものヒットを記録したことを思えば、その熱狂ぶりが伝わってくる。そんな彼女も27歳までは音楽界の第一線を走り続けた。
しかし、2010年に当時最後のライブ「wild life」を境に表舞台から姿を消した。その休養期間はさまざまなことがあったのだろうと推察できる。母の藤圭子さんの自殺に始まりパパラッチに追われ続ける日々。
一時はもう復帰しないのではないかと心配された時期があったが、2016年に「fantome」で再デビューを飾りミリオンヒットを記録した。そんなアルバムの最後を締めくくるのは「エヴァンゲリオンQ劇場版」のエンドロールに使用された「桜流し」だった。監督の庵野秀明が「宇多田さんの好きなように作ってください」と注文し、彼女の別れや喪失が織り込まれた楽曲となった。
「あなた」とは藤圭子さんを指すのだろうか。それとも他の誰かなのだろうか。わたしが思うにそれは藤圭子さんであり、あの震災で逝った数多くの人々なのではないだろうか。なぜなら、次にこのような歌詞がある。
「あなたが守った街」とは震災で全壊した街を指すのだろう。そして「私たちの続きの足音」とはそこから着々と復興してゆく足並みを表現しているのではないだろうか。つまり、自殺で亡くした藤圭子さんと逝った人々を重ね合わせ、この曲には二重のメモリアルが含まれている。このように俯瞰してみると、全体を通じて被災者への追悼と母へのレクイエムと二つの意味が込められていることがわかる。それに応えるように、静かなピアノの旋律で始まる冒頭は死へのモチーフを連想させる。それは彼女がこの楽曲に込めた意味なのだろう。
「エヴァンゲリオン」の内容との関係性
この曲は「エヴァンゲリオン劇場版Q」のエンドロールとして使用されている。カヲルを失った直後に泣き伏せっているシンジ。そしてアスカはそんなシンジをサードインパクトによって赤く荒廃した世界へと連れ出した場面でこの曲は流れる。同じく「エヴァンゲリオン劇場版序」「エヴァンゲリオン劇場版破」では宇多田ヒカルの「Beautiful world」がエンドロールに使用された。この二つの曲の共通点として「死者への想い」が挙げられるとわたしは思う。
「Beautiful world」の歌詞にこのような一説がある。「君」とは綾波レイを表しており、使徒に立ち向かうために犠牲となった彼女への憧憬であるかのような印象を受ける。また、続編である「シン・エヴァンゲリオン劇場版」では碇シンジはマイナス宇宙に取り込まれていた綾波レイと再会することができた。加えて、この映画で碇シンジはアスカ、カヲル、レイなど関わったさまざまな人の魂を救済して行く。さらに、碇シンジは父親との確執を解き、最後は母親であるユイに身代わりとなって助けられる。
この歌詞を直訳すると「全ての人は最期に愛を見つける」という意味だが、暗いQのエンドロールに流れたこの曲のテーゼがシンエヴァンゲリオンで回収されたと考えると感慨深いものがある。宇多田ヒカルはそれを見越してこの曲を書いたのだろうか。それとも庵野秀明の指示によるものなのか。それはわからない。
まとめ
シンエヴァンゲリオンを映画館で見たとき、少し涙してしまったのを覚えている。宇多田ヒカルの曲の意味が理解できたからだ。このように、年齢を重ねるごとに「歌に追いついた」と感じる瞬間がある。人間は年齢によってものの見方が変化するため、これからまた彼女の歌の解釈が変化する可能性もあるのだろう。その変化を見逃さないようにしたい。
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