確かなことは皆人間であるということ
とある有料老人ホームへ通い始めて、たった二日目のこと。
何が何だか分からないまま夕方を迎えていた。
世の中には「人がすぐ辞めてしまうので困る。」と言いつつ、新人に何も教えたくない人々という者が存在する。その場所に長く居るだけで偉いのだという事象にしがみつく人々だ。
そんなわけで訳が分からなかったのだが、一人の介護職員の子がいきなり私に怒鳴って来た。
「どういうことですか?Aさんがお風呂に入っちゃいけないって、お風呂に入れた後に怒られたんですけど!」
もちろん何も指示権がない二日目だし、Aさんがどの人なのかも分からないし、ましてや風呂に入れろとも指示していない。
が、この一言で色んなことが分かる。少なくとも、誰かが具合が悪くて入浴中止の予定だったが、いずれかのナースが入浴許可の欄に〇をして、この人は他のナース、もしくは施設長に怒られたのだろうな~ということが。
しかし、怒鳴っている途中で本人が気が付いている様子だった。本当に言うべき人に言えなくて私にやつあたりしているなということに。
なので、ノーリアクションでいることに決めた。
気になったのでAさんのご状態を調べたところ、入浴しても問題ないレベルの人だった。これが何より一番良かったことだった。
ので、そのまま他の調べものをしていたのだが、その子がずっとがん見している。あれ、もう何分も経っているのにまだ見てたのか。
でも今更何も言うこともないので、悪いけどそのまま無視。
何でがん見しているのかも分かっていた。力いっぱいの怒号だったのにノーリアクションだったからだよ。ええ、どうせ私は人が悪い。
そのままその日が終了し、帰り際に喫煙所に降りた。
もうすっかり日が暮れた。
その暗い喫煙所への階段を数段降りてベンチにドカッ!と腰を下ろしたところ、反対側、真正面のベンチに先ほどの子が座っていたのでビックリした。
誰も居ないと勝手に思い込んでいたせいだけど。
わあああああ!と言ってライターもタバコも落としてしまったものの、わああああの「わ」くらいで気が付いている。叫び始めたから最後まで叫んだだけ。
すると、その声にビックリしてその子も「きゃああああ!」と叫び声を重ねて来た。
それがおかしくて「わはははは!ごめんなさい!ビックリした!途中で分かってたんだけど、ビックリした!ぎゃははは!」と馬鹿笑いしてしまったのだ。
すると、今しがたビックリして叫んだ時と同じように、今度は私の馬鹿笑いにつられていた。
「きゃはははは!」と爆笑していた。
そして「笑うんですね。そういうふうに笑うんですね。あの、えっと、さっきは、すみませんでした。」と、すぐには消せない笑顔を残して詫びて来られた。
ちょっとヤンキーチックな子だと思っていたのだけど、印象は一変。とても可愛い笑顔だった。
それから笑って挨拶し合う仲になった。
OJTがなっていないところで情報収集をするのは大変で、ついつい私も無表情だったのだと思う。
なので、日ごろストレスを溜め込んでいる人々は、色んな形でストロークを飛ばして来る。
ストレンジャーを迎える職場の人々だって、どこか安心できなくて不安なのだろう。
そして、私の方も悪かった。
同じ職種のナースが教えないからと言って、介護職のこの子には関係ないことだった。
でも、初対面で八つ当たりされた時に、「知らんがな。」と思い、瞬時に無反応でいようと判断してしまった。何故ならそれが一番応えるし腹が立つことだから。
もう一つは、同じテンションで怒鳴り返したら、それはもうただ事ではないから。
互いにストレンジャーであっても、仕事をしていると遅かれ早かれ、”その人”が丸見えになる。
無意味な脅しやお試しが早期に終了すると大変ありがたい。