見出し画像

ただそれだけだったのに

施設の高齢者さんたちは『あの子は、ちっとも会いに来ない!』と激怒している。

それは、コロナ渦故に、私たちが面会禁止にしているからだよ。と何度言っても、そこだけは忘れるらしい。そして怒鳴るように言う。『あーあ、子供なんて育てるもんじゃないねえー!!』

特別養護老人ホームというのは、要介護度が4~5くらいの方々向けなのだけど、中には、認知症が無くて、こんなにハッキリしていらっしゃるならグループホームかシルバーマンションで良かったんでないの?と思うような方々もいる。ほら、自分で料理が出来たり、ある程度暇が潰せるような人。

でも、どうかなあ。この方の場合は心臓が悪いので、やっぱり看護師がいる施設が良いか。(グループホームなどには看護師はいない。)

いつぞや、花火を一緒に観て下さったお婆ちゃんのことだ。

コロナ渦なので行事もないし、職員がやる独自のレクにも飽きて来たようで、『ああ、もう死んでしまいたいよ!死んでもいいんだよ!』とモノを投げたりとか。

たまたま看護師が多い日だったので『散歩に行こう!散歩!コンビニでも行こうか?ほら、行きたいって言ってたでしょ?長らく待たせてごめんね!』と連れ出した。と言ってもほんの200メートルほど先のコンビニだけど。

『娘が、オーバーの一枚も持って来ないんだよ!寒くて死んじゃうよ!』

仕方ないな。私の最強コロンビアを貸してやろう。最新テクノロジー素材だぞ。車椅子の人が着ると異様な光景になっちゃったけど。

そのまま、ブーブー文句を言い続けるのか?と思いきや、施設を出てすぐにピタリと口を閉じた。空を見上げたりキョロキョロしたり。『お!ネギが植えてあるね!』と、はしゃぐので『一本、盗んで来ましょうか?』と言うと大笑いしつつ『馬鹿!』と言って咳き込んだり。

コンビニに入ってからも、各列をゆっくり移動するだけでワイワイギャーギャーと、凄く楽しそうだった。

もっと馬鹿みたいに買うのかと思いきや、あんまり買わなかった。ほんとに自分が食べれる分だけの巻き寿司とか、お菓子とか、そして柿やリンゴのところで長らく迷っているので『大丈夫。剥いてあげるから買いましょう。』と言うと満面の笑みだった。

ほんの15分くらいの旅だった。

たったそれだけだった。

それなのに、あんなに喜んでくれるなんて。

仕事に戻って、普通に手を動かしていたのだけど、しばらくの間、異常にボーーっとしてしまった。

公道が平らではないので、ビクビクしつつ車椅子を押していた。そのせいで、疲れたせいかと思ったけれど、自分が感動していたのだと、段々気が付いて来る。

嬉しかったなあ。

そして、本当は自分の祖母にこういうことをしたかったなあ。あの頃は、まだ子供過ぎて出来なかったんだよね。色んな意味で、悲しい家だったなあ。私がもっと強ければ・・・と、幼心に何度も思った。

と、そんなことを回想しつつ、いつものように内服薬を一階に届けに行くと、遠くのテーブルの方から、先ほどの頑固婆ちゃんが『観て、観て!あの鬼看護師が連れてってくれたんだよ!ああ見えて、優しいんだよ!ぎゃーはっはっはっ!』と私を指さしている。心臓悪いから、大声出すと息切れするんだけどね。大丈夫かな。

でも、嬉しそうに、殻付きのピーナッツを一生懸命剝きながら『これ、大好きなんだよ!』と周辺の人に自慢していた。

そして、私が帰る頃、普段なら、施設の玄関の傍のソファーでボーーっと座っているのに、姿が見えないので行ってみると、自室のベッドでスヤスヤ眠っていた。

私は、Kちゃんに『コンビニに行っただけなんだよ。それなのに。。。』と、今日のちょっとした出来事を話したのだが。

しかも、うまく言えたとは、到底思えなかったのだが、Kちゃんの方がポロポロと涙を流しながら『良かったねえ。もっと連れて行ってあげたいねえ。』と何度も言っていた。

小さいけれど、大きな出来事が伝わって、私は、やっとそこで気持ちが落ち着いたのだった。

***

画像1

作り過ぎたな・・・。皿うどん。

と思ったのに、全部食べる人がいるのでビックリした。

『いい話を聞いて泣いた分、力をつけなきゃ!と思ってね。(げふっ!)』

いや、もう、夜だけど。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?