あなたと作る共同マガジン。総勢4000名が関わる大規模マガジンに成長中。グループ合計で参加者1,500名、フォロワ数2,500名、約18万記事が収録中。🥕コンテンツを広めたい方の参加をお待ちしています。🥕マナー:①連続投稿はしない②社会一般的に不適切な記事は投稿しない③トップ画面は変えない。参加希望の方は,マガジンの固定記事からコメントしてね。
note大学共同運営マガジンです。
看護師 、アロマ、ハーブ、野菜作り、 料理、お菓子作りなど。 看護師としては色々と経験を積んだ。 これをアウトプットしてnoteでは看護師の出来事を記載したい。 現場は忙しくて眼の前のことに一生懸命で振り返ることさえできなかったので‥‥。 看護の経歴 看護師歴38年 手術室、救急看護 緩和ケア看護師長 内科、外科看護師長 精神科病棟勤務、精神科デイケア、相談業務、 カウンセリング、就労支援、高齢者認知症 アロマテラピー、修学旅行同行など。 今後は好きな日常を楽しみながら、
60歳を過ぎ、 田舎生活から都会生活になりました。 今は2拠点生活をしています。 ホテル暮らしをしながら、 仕事をしていたのですが、 流行病か5類になり、 海外の宿泊客などで、 ホテル価格が高く、 予約じたいがとりにくくなりました。 安いアパートのほうがいいよ。 私は、 60歳という年齢が、 無理と感じていました。 不動産屋に行くと、 看護師さんだったら全然大丈夫と、 私がびっくりしました。 そして、 実績がないことも、 ネームプレートがあれば大丈夫ですと、 簡単に
最近思うこと。 原因がないのに、 体の不調がある人が多いです。 耳鳴り、 頭痛、 本当に色々です。 今日は、 私が感じたことを書きます。 体の不調があり、 病院に行って、 検査を受けても、 器質的には問題ないと説明されることが、 私のまわりで多いです。 心が悲鳴をあげたり、 体でサインを出していることがあります。 頑張りすぎです。 自分が頑張りすぎと、 わかればいいのですが、 言われても、 わからない人が多いです。 自分もそうでした。 腹八分と同じように、
同じものを見ていても、 感じかたは人それぞれなことを、 あらためて感じました。 なぜそう思ったか? 家庭人として、 組織人として、 同じような方向性を求められてきました。 看護学生と関わり、 記録を見る機会が多くなり、 同じものを見ていても、 とらえかた、 感じかたか違い、 様々なんだと改めて気づきました。 ひとりひとり違っていてもいいのです。 それが個性だから。 最近は自分は自分なんだからと、 あまりまわりに、 あわせたりしなくなりました。 知らずに、 子どもの
お久しぶりの更新です。 この数年は、 更年期からの病気などで、 もう看護師はしないつもりでした。 第2の人生は、 看護学生の実習についていくこと。 そのため、 田舎暮らしは週末に、 都会暮らしは月曜日〜金曜日までと、 生活が変わりました。 2拠点生活になり、 本当に様々なことが、 当たり前ではなく、 ガラッと変わりましたが、 とっても楽しく過ごしています。 ◯◯先生と呼ばれ、 まだ慣れません(笑) 自分が現役でいるつもりはないので、 自分を使ってもらえたら幸せです
今年から、 看護を実習で教える教員になりました。 自分では、 もう病院では働かないと決めていました。 自分はもういいのですが、 後進の育成に役立てば、 こんな嬉しいことはありません。 そのために転居したり、 準備を勧めてきました。 私は、 私なりに、 経験を積んできました。 精いっぱいやったので、 後悔はありません。 若い人たちとの交流は、 楽しいです。
自分と向き合う練習をしています。 今までの時代背景もあり、 人の後ろ姿を見て学びなさい。 玄関掃除など人の嫌がること、 朝早くから、 人より早く起きて学びなさい。 石の上にも3年、 つらくても我慢して、 頑張りなさいと言われてきました。 真面目な私は、 そういうものだと思っていました。 他人の喜びは、 自分の喜びだと思います。 しかし、 自分自身を考えたことがありませんでした。 昭和生まれは、 このように育てられ、 社会もそのようだったのです。 模範的な人間に
人生が変化する時、 思い切りが必要。 潜在意識は、 生存本能が一番で、 とにかく生きることが優先なのだと言います。 不安があるのは人間に備わった防衛反応。 私は、 何度か思い切った行動を思い出しました。 田舎の公立病院を退職、 公務員を捨てて、 都会の民間病院看護師となりました。 都会の民間病院も、 技術などを考えて、 ここに行きなさいと1年で退職しました。 助言をしてくれたのは、 前医の外科医師で今思えば不思議な縁です。 そして15年が経過していました。 フリ
旅するように暮らしたい。 昔から思っていたことです。 年を重ねて、 こんな日が来るなんてと、 実現可能になってきました。 時間はできたけど、 体力と、 お金がと、 心配事は変わっても、 なくならないのですね。 だったら、 動けるうちに実現したいと思ってしまうのです。 身軽に、 飛行機に乗って、 今日はお漬物が食べたいから京都にいこう。 今日はラーメン食べに北海道にいこう。 忙しかった若い頃の私の夢です。 某全国医療法人は、 行きたい場所に、 短期勤務するシステムがあ
疲れたとき、 心が汚れたように感じます。 日々を過ごし、 旅行の時間が取れたとき、 神社仏閣に行きたくなります。 一緒に行く人がいると、 「心が汚れているような気がするから、 疲れ行きたいんだよね〜。 」 と言うわたし。 広島県に長期の研修に行ってたとき、 時間が可能だったら、 厳島神社に行っていました。 心があらわれます。 遷宮のタイイングでは、 出雲大社、 伊勢神宮、 に行けました。 今となっては、 強行突破して行ったので、 貴重な思い出です。 日光に行っても
話をするということは、 頭の整理につながります。 私が精神科に勤務していた時、 問題は解決しないけれど、 気持ちがスッキリするからと、 話を聞くことを求められることが、 多かったように思います。 私にとっては、 解決に繋がらなければ、 申し訳なくて、 解決にならなくてもいいの? と言って話を聞きました。 カウンセリングは、 治療的な意味もあったので、 医師の指示でしていました。 何が違うかというと、 治療的な関わりではなく、 ただ話を聞く行為でした。 テニスの壁打ち
話を聞くと言うことは、 感情はのせないと、 考えています。 これって、 意外と難しいです。 お互いにに感情があります。 可哀想とか、 なんとかしてあげたい、 時には自分の感情や思いが、 事実を曇らせたり、 歪めたりしているかもしれません。 相手は時に、 ただ話すだけで要領を得ないことがあります。 それを整理していくのが大切です。 思考がまとまっていないのです。 話が整理できたら、 自分でが答えを出せるのです。 力がそなわり、 自己決定ができる力を持っています。
雑談の中に大切な学びがあります。 そんなこと言ったかなあ。 私は覚えていませんが、 この雑誌は読んでおいたほうがいいよ。 私が勧めた雑誌を定期購読し、 看護実習のたびに、 役立てていたそうです。 記憶にはないけれど、 お役に立てれば嬉しいです。 謙虚さは、 自己否定だったので、 覚えていないことが多いのですが、 自己否定をすると、 事実が歪むのでやめたほうがいいと思います。 人からほめられたことは、 素直に喜び、 自分に返していいのだと、 この年になり気がつきました
自分のできることをしよう。 そう思いながら、 1年くらいは、 迷走してしていました。 趣味も多く、 いつかこれを作ってみたいと、 今はできるのにこれではないのです。 たくさんできるのに、 ぴんときませんでした、。 自分で決めたことは、 ことごとく決まりませんでした。 友達発信のアドバイスは、 ピンときて、 決まってゆくのです。 自分では、 頑張らなくていいんだなあ、 とつくづく思います。 とは言っても、 なにもないわけではないので、 事前の予習とか、 泊まる手配
幸せは人それぞれ。 私は、 心の底から安心して笑っていられれば幸せです。 最近は、 病院勤務はしないと決め、 看護師の私が何ができるだろうと考えます。 また、 もう看護師である必要はないと、 思うこともあります。 人生はあっという間です。 数年前、 小脳出血で 救急搬送されたとき、 救急車の中でもう目が覚めないと思い、 眠りにつきました。 意識がなくなったのかもしれません。 三途の川を見たり、 誰かが迎えに来たりしませんでした。 緩和ケア病棟に勤務していた時、
シフトチェンジという考えをしました。 別名、 変化するということ。 私は、 看護師として、 経験を積んできました。 個人の思いを尊重し、 答えは、 個人にしかないので、 いつもこれでよかったのか? 自問自答をしていました。 約40年を積み重ね、 そういう思いがありつつ、 新しく看護師を目指す人に、 そのままの思いを伝えることにしました。 看護の考え方は、 普遍です。 患者様のニーズにあわせ、 背景にある生活習慣、 疾患から予測される事などを考えていきます。 だか