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打ち切り漫画家2.0 松井勝法さん(後編) - インタビュー #08|turning point

今回お話を伺った方
松井勝法さん:漫画クリエイター

<松井さんのターニングポイント>
35歳 初の自信作『ハナカク』が出版社から発売されるが、売れない
39歳 インスタグラムで漫画『奥さんとぼく』を描き始める
40歳 自分で様々なビジネスを展開。『打ち切り漫画家2.0』と名乗り始める

ニシグチ:今回は松井さんの後半編になります。
前回、東日本大震災のボランティアに行って漫画家としての意識が大きく変わったというところまでお伺いしたんですが、その続きをお願いできますか?

松井さん:はい。まず、帰ってきてからは『ソムリエール』がちょっと残っていたので、それを描きつつ次の構想を練ってました。そして35歳くらいに『ハナカク』をスタートさせます。もう以前と違い、何を描きたいかは迷いがなくてやる気に溢れている状態でした。

ニシグチ:生まれ変わった感じですね。

松井さん:そうですね。初めて面白いものが作れたという手応えもあったし、編集部からの評価も高くて。そして連載開始から半年後に1巻が出ました。初版部数もかなり期待されてる数字でした。・・でも、売れなかったんですよこれが。自分も編集部もあんなに自信があったのに。

ニシグチ:えっ!・・どうしてなんでしょう。

松井さん:いや、それがわからなくて。読者の反応も良かったんですけどね。1巻が出て1ヶ月くらいして担当さんから「本が売れていないんですよ・・半分もいってなくて」と言われてびっくりしました。売れない=打ち切りなので。ショックでその日は奥さんにも話せず、1人で公園の駐車場の車の中で夜遅くまで呆然としていたくらいです。

ニシグチ:おぉー、それはある意味ターニングポイント・・。

松井さん:ですか?(笑)物語は確実にどんどん面白くなっていってるし「面白ければ売れる」と信じていたんですけど・・部数は下がる一方で、3巻も売れなかったので4巻で終わることが決まりました。その間2年くらいです。本が売れなかったので終了することは仕方ないんですけど、どうして売れなかったのか原因がわからなくて、そこからずっとモヤモヤしていくことになります。

ニシグチ:それは辛い・・。

松井さん:他の出版社に移って続きを描くことも模索しました。実際大手での移籍連載が決まっていた時期もあったんですが、結局流れて。いったん切り替えて、他の読み切りや別の作品連載をしたりもしてましたが、それもすぐ終わったりで。

ニシグチ:その時の心境というのは・・

松井さん:これを何回続けても、もうぼくが売れることはなさそうだなと感じ始めてました。スキルや実績に反比例して初版部数はどんどん下がっていく。これはもう、ぼくの漫画云々とは別の何かが違うんじゃないかと。

ニシグチ:で、SNSに移っていった感じですか?

松井:はい。2年くらい前から「奥さんとぼく」というエッセイ漫画をインスタで始めました。それまではSNSの重要性に気づいてなくて。漫画を描くことに必死だったし、SNSにまで意識が回ってませんでした。でもこのままじゃいけないと思って、インスタで毎日投稿を始めました。ちょうどSNS漫画が流行り始めた時期だったのもあって。

ニシグチ:そうだったんですね。
 「奥さんとぼく」はどうやって思いついたんですか?・・というか奥さんはいつからいらっしゃるんでしたっけ?

松井:あ、そうですよね(笑)奥さんとは20歳くらいに出会って、結婚したのが『ソムリエール』が売れた頃なので20代後半です。奥さんはもともと少女漫画家で、お互いに仕事があったりなかったりを経験してきました。
昔から奥さんとの会話で「奥さんを小動物に例えるノリ」があって。あとはそれを漫画にするだけだったんですよ。SNSはショートでふわっとしたものが結構ウケていたので、じゃあ描いてみようかなと。

ニシグチ:へぇ~。同業の方なんですね。
でもバリバリ創作されていた方が家族のことを描くって抵抗なかったんですか?あとSNSなんて感とか。

松井さん:ありました!プライベートを描くなんて恥ずかしいし、思い描いていた漫画家像じゃなかったので(笑)。「良い漫画を描いたら売れる、SNSなんてやらない」そういう漫画家になりたかったですよ。でも自分はそういうタイプじゃないとわかったし、商業で完全燃焼したこともあって方向転換できました。

ニシグチ:やっぱりそういう思いはあったんですね。インスタは始めてからどのくらいで反応が出だした感じですか?

松井さん:上げ始めて10日目くらいから反応が出始めて、最初は毎日投稿していたので、そこから上げるたびにフォロワーさんが増えていきました。増えてくると「読んでもらえてる!」と楽しくなって。たくさんの方からのコメントや反応があって、読まれるってこんなに嬉しいことなんだ・・と久々に気がつきましたね。

ニシグチ:すごい!すぐ反応があったんですね。

松井さん:ありがたいことに。順調にフォロワーさんは1万人、2万人と増えていったのですが、SNS漫画はどれだけ読まれていても、描いてる側はずっと無報酬なのでそれでは続けられない。「これをどうマネタイズするか」を考えるようになりました。

ニシグチ:漫画をどうビジネスにしていくのか?というところに入っていくわけですね。

松井さん:はい。そこから経済の本やビジネス書を読み始め、コンテンツビジネスとして漫画を考えるようになりました。あと、ここ(SHINCRU)に通うようになってIT系の人たちと出会えたことがすごく大きかったです。漫画業界以外の人たちと接するようになって、今まで聞いたこともない言葉を知るようになったり。それからワードプレスでHPを作ったり、アドセンスやアフィリエイトとかも始めて。「本を作って売る」以外にもたくさん漫画を収益化させる方法があることに気づいたんです。

ニシグチ:コンテンツを作れるって強いですよねー!絵が描けるって強いですよ。

松井さん:ぼくもそこの強みに最近気づきました(笑)今までは自分が作ったものを他人に全部預けていたんですよね。「本を作って本で回収するビジネス」に。でもそれって本が売れないと続けられないし、売り方も届け方も他人任せなので、良いものを描けば売れるという保証もない。なので自分でビジネスにしていこうと思って講演会やセミナーに行ったり、色々勉強しました。この2年で意識が大きく変わりましたね。

ニシグチ:いや、ほんと出会った頃と比べて松井さん変わりましたもん。具体的にどういう行動をしていったんですか?

松井さん:まず西野亮廣さんの本に「マネタイズを入り口に持ってくるな」と書いてあって。今の漫画アプリも無料で読めますけど、すぐに単行本化して回収しようとする。そうじゃなく、まず楽しんでもらって、その価値をたくさんの人に広めるところから始めないといけないんだと知りました。なので最初は見返りを求めずひたすらインスタに漫画を投稿していました。

で、頃合いを見て『奥さんとぼく』のLINEスタンプを出してみたんです。ビジネスの基本で「小さく始めろ」と書いてあったので、元手のかからない一個120円のLINEスタンプから(笑)。その時点で3万人フォロワーさんがいたんですが、期待してたほどは売れませんでした。その頃にはCVR(コンバージョンレート)も知っていたので、本当にその通りの数字だなと。これが初めてのビジネス体験でした。

ニシグチ:忠実ですね(笑)でもちゃんと実行されてるからすごい。やってみないとわからないですもんね。

松井さん:そうなんですよ。それまで売ることを出版社に任せていたので、データもないしノウハウもまるでなかったんですよね。自分でビジネスをやってみて初めて簡単にモノは売れないことを知りました。
ただ、個人でやれば売れなくても打ち切りにはならないので。失敗ができるしいろいろ試行錯誤できるので、ここは大きなメリットだと思いました。

ニシグチ:あ~確かに!ラインスタンプの次は何をされたんですか?

松井さん:次はオフラインもやってみようと思って『好きマルシェ』という即売イベントにグッズを作って参加してみました。その時も「小さく始める」を守ってマスキングテープや缶バッジなどを少量作って販売しました。その時はインスタのフォロワーさんがたくさん来てくれて、読者さんと会うってこんなに喜んでもらえて、ぼく自身もこんなに楽しいことなんだと知ったんです。連載している時は読者さんと会うことなんてほぼなかったので。
売り上げはもちろんそれほど多くはなかったですが、書店で何万部売れるとはまた違った感動がありました。

ニシグチ:印税とは違った喜びがあったんですね!(笑)

松井さん:もちろん印税もうれしいんですけどね(笑)。でも、利益は少なくても誰からも出資されていない自分だけの資本でモノを売ったという達成感はまた違ったものでしたね。

ニシグチ:誰からも出資されていない自分だけの資本。これポイントですね。

松井さん:そうですね。その後もイベントには定期的に新作を作っては参加しつつ、YouTubeも始めたり。イケハヤさんが「YouTubeはこれから大きくなる!」と言っていたのですぐ始めました。とりあえず何でもやってみようと(笑)。
最初アニメを作りたいと思ったんですけど、手間がかかるのと、ネットは量産して毎日更新することが重要なので、インスタ漫画に自分たちで声を当てる漫画動画から始めてみました。意外と動画で漫画を読む層がいることも知ったので今はそれを開拓中です。あとは『親子お絵描き動画』がバズってくれたので、YouTubeでも収益を得る体験ができました。

ニシグチ:行動が早いし、すぐバズるのもすごいですよ(笑)

松井さん:たまたまですけど(笑)でも始めてみないとバズも起きないですよね。あとはAmazonがKindleインディーズマンガ(無料で出せてダウンロード数に応じて分配金を払ってくれる)というのを去年から始めていたので、そこで『ハナカク』を電子出版したり。最近はAmebaさんにも声をかけていただき、アメブロ公式トップブロガーとして『奥さんとぼく』を更新していたりもしてます。
収益源を分散させるのが大事なので、イベントやネット販売、Google(YouTube)、Amazon、ブログやPR案件などいろんなところでコツコツやっています。

ニシグチ:色々やってますねー!松井さんって「打ち切り漫画家2.0」と名乗ってるじゃないですか。あれはどうしてですか?

松井さん:名乗りだしたのは1年くらい前からで。肩書を名乗ることによる自分のブランディング目的と、2.0ってつけるのが流行ってたからです(笑)
意味は従来の「本をたくさん売って回収する」というビジネスモデル一択からの脱却ですね。それに依存しない新しい漫画家ビジネスモデルを築いてやるぞっていう。

ニシグチ:なるほど。ちゃんと自分の作品に自信があるからできることですよね。自分の作品に自信がない人も多いと思うんですが、松井さんはどうやって自信をつけたんですか?

松井さん:それはもう自分を磨き続けるしかないですよね。ひらすら努力を重ねるしかないです。今は発信ツールとか色々あって「あれ、出版社にダメ出しされなくてもSNSで影響力持てばいけるんじゃね?」って何となく気づいてる人もいると思うんですけど、やっぱり最終的に問われるのは「面白いか面白くないか」。漫画だったら漫画力、コンテンツ力です。まずは死ぬ思いをして創作に打ち込まないと。「自分はこれだ」っていうコンテンツができてからの発信力だと思います。

ニシグチ:そうですよね~。発信力などは手法であって、まずは地力をつけるのが大事ですよね。最後に今後の展望みたいなことを聞いてもいいですか?

松井さん:はい。いろいろやってますが、まだまだ基盤と呼べるには不安定なので引き続きそれぞれのコンテンツを積み重ねつつ、『ハナカク』の続編を開始することが当面の目標です。
近々ここのnoteさんやpixivFANBOXでコンテンツを届けるサブスクリプション(月額制課金)も始めようと設計中です。もちろん、お届けするのは『ハナカク』です。

ニシグチ:おお!!ついに再始動するんですね!みなさん、ぜひ期待して続報を待ちましょう。
松井さん、前後半に渡りリアルなお話ありがとうございました!!

【お知らせ】
そんな松井勝法さんが8月17日(土)岩手県釜石市で自主イベント『マンガフェスタ!』を開催します。お近くの方はぜひ足を運んでみてください!

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話を聞いた人:上司ニシグチ
撮影&ライティング:UNO
バナーデザイン:秋山楓
撮影場所:SHINCRU

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<取材を終えて>

私と松井さんは以前からの知り合いだったので、かなり濃い話になるだろうと予想はしていましたが、まさか前編と後編に分かれるほど、壮大なものになるとは思ってもいませんでした(笑)これからの松井さんの活躍に目が離せないですし、同年代のクリエイターとしても応援していきたい気持ちでいっぱいです。今回のインタビューを通して、私自身もこれからも頑張ろうという気にさせてくださいました!松井さん、本当にありがとうございました!

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