”紙を彫刻する”ことでみえる 「写真」と「映像」の多様な側面 ーーNerhol 水平線を捲る(千葉市美術館)
千葉市美術館で、アーティストデュオ・Nerhol(ネルホル)の個展「Nerhol 水平線を捲る」が開催されています。
Nerholの美術館で初の大規模個展となる本展は、結成17年の中の作品を総括的に観られるのに加え、千葉市美術館ならではの展示もあり、ぜひ会場でみたい展覧会でした。
▍アーティストデュオ・Nerholとは
Nerhol(ネルホル)は、グラフィックデザインを基軸に活動する田中義久(たなかよしひさ)さんと、彫刻家である飯田竜太(いいだりゅうた)さんによる2人組のアーティストデュオ。2020年にはVOCA賞を受賞しています。
有名な作品は、『Misunderstanding Focus』というポートレートの作品シリーズ。同じ人のポートレートを3分間に200枚連写し、そのプリントを重ねて、彫刻したものです。3分間の間に生じる微妙な表情の変化や動きが、彫刻することによって生じる歪みから可視化されます。
▍総括的な展示で辿るNerholの軌跡
本展は、Nerholの結成初期から最新作までを回顧的に鑑賞できる展覧会です。
作品は「写真や紙を積層して彫刻する」という手法がベースになっています。初期の作品では、円などのグラフィックを地図の等高線のようにカットする、技巧的な美しさが印象的でした。
その後、そのモチーフやポートレートや帰化植物といった、モチーフ自体の持つ意味が強いものへと変化していき、彫刻手法も、カッターナイフのほか、”のみ”や”やすり”など、表現が広がっていきます。
ひとつの手法をベースにしながら、作品の表現が広がっていくようすを観ることができます。
▍「紙を彫刻する」手法から見える 「写真」や「映像」の持つさまざまな側面
今回の展示で個人的にもっとも面白く感じたのは、Nerholの手法は一貫している一方で、さまざまなシリーズをまとめて観ることで、作品ごとのテーマや、写真が持つ多様な側面が際立って見えてきた点です。
例えば、「写真の物質性」という側面。彫刻の手法を通じて、写真が単なるイメージではなく、物質としての存在感を持つことを示しています。
さらに、GHQに接収された明治生命館を舞台にした作品からは、歴史のあるひとつの側面を捉え、記憶へと変換していく性質を。また、帰化植物を題材にしたシリーズでは、彫刻道具を巧みに使い分けることで、写真の中にある絵画的な表現を見せる部分が強調されるように感じられました。
ほかにも、写真が紙という素材であることや、映像がもつ時間軸など、「写真」や「映像」の持つ多様な側面がシリーズごとに見えてくるようでした。
▍コレクションとの比較から広がる 作品への新たな視点
展覧会では、8階はNerholの作品のみで構成され、7階では千葉市美術館のコレクションと組み合わせた展示が行われています。
美術館のコレクションと現代アートの作品をあわせて見せる展示方法は、最近増えているようにも感じますが、本展の展示方法はそうした試みの中でも独自の視点が光る展示でした。トーマス・ルフや山口勝弘、イケムラレイコら、作品単独でも楽しめるコレクション作品が、Nerholの作品と並べることで、作品の共鳴によって新たな視点をもたらします。
たとえば、李禹煥の彫刻作品との対比によって、「行為そのものを作品化する」という共通点が浮き彫りにされ、またベッヒャー夫妻の作品との対比では、Nerholのポートレート作品がアイデンティティの揺らぎを示す新たなアプローチとして際立ってきます。
▍千葉市美術館の会場を活かした作品や 特徴的な内装も
千葉市美術館の入るビルの1Fには、「さや堂ホール」として、市指定文化財である旧川崎銀行千葉支店が保存・修復されたホールがはいっています。
本展では、この「さや堂ホール」も展示の会場となり、市の花であるオオガハスを使用した紙を使ったインスタレーションが展開されていました。
また、会場の内装で印象的だったのは、展示室の一部の壁紙が剥がされて展示されていることです。
これについて解説があったわけではありませんが、展示の度に壁紙を張り替えていく可動壁の上に見える過去の壁紙の痕跡は、展示の歴史の積層にも重なって見え、Nerholの「写真を積層して彫刻する」作品とも繋がるように感じられました。
なお、本展では、入り口で作品リストを配布しています。こちらのリストには、展示室にある解説よりもさらに詳細な解説が記載されているので、こちらもあわせて作品を楽しむのがおすすめです。
Nerholの17年にわたる創作活動を網羅的に観られる機会であり、千葉市美術館ならではの展示も見逃せない展覧会。「Nerhol 水平線を捲る」展は、千葉市美術館で11月4日[月・祝]まで開催されています。