あなたの”理想”はどんな未来? / 長谷川 愛 展 「4th Annunciation」(TERRADA ART COMPLEX II 4階)
同性同士でも子どもをつくれる世界、人間以外の動物を産むことができる選択肢、重力の増加や気圧の減少と行った特殊な環境でも生殖が行える世界…そんな世界は、理想的?それとも悪夢的?
SFのようでもありながら、もしかしたら少し先にあるかもしれない未来のことを想像するような展覧会が、天王洲アイルで開催されています。
長谷川 愛 展 「4th Annunciation」 @TERRADA ART COMPLEX II 4階
■「あるかもしれない、少し先の未来」を想像する。
TERRADA ART COMPLEX IIの1フロアをつかった広い会場に展開される作品は、私たちの未来にあるかもしれない世界。
例えば、バイオテクノロジーを利用して、ヒト細胞から卵子または精子をつくりだすことで、同性同士で子どもをつくる≪(Im)possible Baby≫。複数名の遺伝子を共有し、複数人で一人のこどもを育てる≪Shared Baby≫、それから、重力の増加や気圧の減少といった特殊な環境での生殖行動を想像する≪極限環境ラブホテル≫など。
≪極限環境ラブホテル [石炭紀の部屋]≫ / 長谷川愛
SFのような世界ですが、これらの提案は実現の可能性があることも考察されています。
長谷川愛さんは、「スペキュラティブ・デザイン」と呼ばれる表現形態の作品を制作するアーティスト。「スペキュラティヴ・デザイン」は、
”批評的で議論を呼び起こすことを通じて、問題を発見し、問いを立てる。”
”創造力を駆使して、「やっかいな問題」に対する新しい見方を切り開く”
といったデザインの態度。
≪Shared Baby≫ / 長谷川愛
今は技術的に、または倫理的に実現していない新しい選択肢。でもそれは少し先に自分も選ぶことができる未来なのかもしれません。
■新しい選択肢がもたらすのは、どんな未来なんだろう?
今まで考えたことの無かった新しい見方・選択肢。それを見たとき、「素晴らしい」と思う人もいれば、「なんだか嫌だなぁ」と思う人もいるかもしれません。
長谷川さんの展示でユニークなのは、ただそのビジョンを提示するだけでなく、その世界に対しての専門家の意見やSNSでの反応、そして、展覧会の来場者が意見を書き込めるような場が用意されていること。
≪(IM)POSSIBLE BABY≫ / 長谷川愛
例えば、≪(Im)possible Baby≫では、「進化の一つ」と考える賛成派に、「自然の摂理に反してはいけない」という反対派。それだけでなく、「現在の「男女」で分ける社会の大前提を見直した方が良い」など、ただその仮定に賛成・反対だけではない、議論の場が用意されています。
美しくもショッキングでもある映像作品≪私はイルカを産みたい…≫。人間の子どもを産むのか、産まないのか、または養子をもらうのか、というだけでは無く、「動物を産む」という選択肢を提示してくれます。
≪私はイルカを産みたい…≫ / 長谷川愛
”私が生まれ育った文化「女性は素敵な男性と恋をして健康な子供を産みたいものだし産むものが幸せなものである」みたいな価値観を「本当にそうなんだろうか? 他にも別の価値観があるのでは?」更には「本当に不可能なのだろうか?どのようなテクノロジーがあったら可能なのだろうか?」と自ら疑い、仮説を組み立ててビジュアルに落とし込み、自分に問い直す作業によって自らにかけられた呪いを解いて、私は私を自由にしていっているのだと思います。”
と長谷川さんは言います。(「ディストピアな未来とウェルビーイング」より)
新しい選択肢から生まれる「当たり前」の呪縛からの解放。それは私にとっては希望を感じられるのと同時に、”もう選択肢は増やさないで欲しい”とも思えるもので。一人の人間の中でも、ユートピアとディストピアの線引きはいくらでも揺らぐことを思い知らされます。
■あなたにとってのユートピアとは?
「この度はCOVID-19がまん延し、更に富士山の噴火で火山灰が降り積もる悪天候の中ご来場いただきまして、誠にありがとうございます。」
≪富士山噴火茶席≫ / 長谷川愛
こちらは、新作「富士山噴火茶席」の亭主の挨拶。仮設のように組み立てられた茶室の中、お茶碗は噴火した富士山がモチーフ。掛け軸には富士山が噴火するという警報が発せられた際のLINEのやりとりをモチーフにしたタイムラインが流れ、床は火山灰でつくられ、予想される火山灰の厚みを再現した灰色のクッションが敷かれています。富士山の噴火のリスクを改めて討論するための茶室です。
≪富士山噴火茶席≫ / 長谷川愛
昨年、COVID-19の脅威の中で地震や台風が起こる度、災害は決して1つずつ起こる訳じゃ無いんだという、当たり前だけれど考えたくないことを想像させられました。
COVID-19に富士山の噴火という大災害が重なったら?それに、東海地震が重なったら?さらにそこに大型台風が来たら…?それは完全にディストピアの世界のようであって、無いとは言い切れない世界。
「スペキュラティヴ・デザイン界隈で提示される未来は「ディストピアが多い」とよく指摘され」、しかしながらその一方で、「何がユートピアか、またはディストピアかを判断するのは難しい」と長谷川さんは著書の中で述べています。
誰かの理想は誰かの悪夢になり得る、という中、
”「自分が弱者になっても良いと思える理想の社会」を考える練習をしておくことが、結果的に自分のためになる日が来るかもしれません。”
というのは、常識が大きく変化してしまったこの1年を通じ、今までよりもその意味が響いてくるように感じられます。
展覧会を見ながら、自分の中には今までには無かった新しい選択肢を想像してみませんか?
長谷川 愛 展 「4th Annunciation」は2021年5圧6日(木)まで。予約制です。
※参考
・スペキュラティヴ・デザイン 問題解決から、問題提起へ。—未来を思索するためにデザインができること / アンソニー・ダン (著), フィオーナ・レイビー (著), 久保田 晃弘 (監修), 千葉 敏生 (翻訳)
・バイオアート―バイオテクノロジーは未来を救うのか。/ ウィリアム・マイヤー (著), 久保田 晃弘 (監修), 長谷川 愛 (その他), 岩井木綿子 (翻訳), 上原昌子 (翻訳)
・20XX年の革命家になるには──スペキュラティヴ・デザインの授業 Kindle版 / 長谷川 愛 (著), 塚田 有那 (編集)
・ディストピアな未来とウェルビーイング
【展覧会情報】長谷川 愛 展 / Ai Hasegawa – 4th Annunciation
会場:TERRADA ART COMPLEX Ⅱ 4F
会期:2021.4.23(金)- 5.6(木)※会期中無休
開館時間:12:00~20:00 ※全日程、最終入場は19:30(19:00-19:30 予約枠でのご入場)となります。
入場料:無料 ※日時指定予約制
予約方法:ご予約はこちらから