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【幾何代数・線形代数】あらゆる行列は幾何代数で代替可能なのか?

 幾何代数では、その強力な幾何学的操作能力により行列が不要になるという。
 確かに、鏡映、回転など、簡単な代数操作で表現できるのは確かです。
 しかし、行列は、一次変換という、とにかく行列内に新しい基底を書けば半ば強制的にその基底に変換されるという強力な自由度を持っています。

 それなのに、本当に全ての行列は幾何代数で代替できるのだろうか?

 という疑問をずっと抱えたままだったので、一旦解決しておこうと毎晩就寝前に布団にノートを持ち込んで計算してたつもりが電気点けっぱなしで寝落ちを繰り返した奮闘記の一部を記録の意味も含めて公開します。
 とりあえず、2次正方行列しか考えていませんが、多分大丈夫でしょう。
 ちなみに、こちらの論文が内容が近いのである程度参考としています。

パウリ行列での展開

 $${A=\begin{bmatrix} 1 & 2 \\ 4 & 5\end{bmatrix}}$$という行列があったとします。一般的に書くと$${A=\begin{bmatrix} a& b \\ c & d \end{bmatrix}}$$ですね。

 幾何代数に寄せていくには、まずは、この行列を基本部材的に分解するしかなさそうです(多分展開、線型結合への変換とも呼びます)。
 その時に使えそうなのは、なんとなく覚えていたパウリ行列です。改めて調べてみたところ、やはり使えそうです。

$$
Pauli \ matrices \\
$$

$$
\sigma_0=\begin{bmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1\end{bmatrix}, 
\sigma_1=\begin{bmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{bmatrix}, 
\sigma_2=\begin{bmatrix} 0 & -i \\ i & 0\end{bmatrix}, 
\sigma_3=\begin{bmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1\end{bmatrix}.
$$

  • $${\sigma_0}$$はお馴染み恒等行列(何も起こらない)。幾何代数では$${1}$$を1回かける

  • $${\sigma_1}$$は$${x,y}$$の入れ替え(直線$${y=x}$$に関する鏡映)。幾何代数では$${\dfrac{1}{\sqrt{2}} (e_1 + e_2)}$$を左右から1回ずつかける。

  • $${\sigma_2}$$は90度正方向回転、但し普通は$${\begin{bmatrix} 0 & -1 \\ 1 & 0\end{bmatrix}, }$$であり、これに$${i}$$を掛けたもの。幾何代数で90度正方向回転は$${e_{12}}$$を右から1回かける。

  • $${\sigma_3}$$は$${e_1}$$に関する鏡像($${y}$$だけ$${\pm}$$反転)。幾何代数では$${e_{1}}$$を左右から1回ずつかける。

 $${\sigma_2}$$だけ$${i}$$が入っているのが不穏です。実はこれ、$${i}$$なしの行列でも何とかはなるのですが、$${\sigma_1 ,\sigma_2,\sigma_3}$$に関して、$${\sigma_1 \sigma_2=i\sigma_3, \sigma_2 \sigma_3=i\sigma_1,\sigma_3\sigma_1=i\sigma_2, }$$と、1,2,3がグルグル回る美しい関係が保たれるには、$${i}$$がないと符号がどうしてもズレてしまうのです。もしかしてこの宇宙の設計ミスなのだろうか。
 当面、このパウリの仕事を鵜呑みにして話を進めます。

 さて、任意の行列は、パウリ行列それぞれに重み(係数)をかけて足せば実現できるようです。各係数を$${s_0, s_1, s_2,s_3}$$とすると、

$$
\begin{align*}
A&=s_0\sigma_0+s_1\sigma_1+s_2\sigma_2+s_3\sigma_3 \\
 &=s_0 \begin{bmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1\end{bmatrix}
+s_1 \begin{bmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{bmatrix}
+s_2\begin{bmatrix} 0 & -i \\ i & 0\end{bmatrix}
+s_3\begin{bmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1\end{bmatrix} \\
&=\begin{bmatrix}s_0 +s_3 &  s_1 -s_2i \\ s_1+s_2i  & s_0-s_3\end{bmatrix}
=\begin{bmatrix} a& b \\ c & d \end{bmatrix}
\end{align*}
$$

 当初の$${A=\begin{bmatrix} a& b \\ c & d \end{bmatrix}}$$を所与のものとし、$${s_0, s_1, s_2,s_3}$$を$${a,b,c,d}$$で表すと、次のようになります。

$$
s_0=\dfrac{1}{2}(a+d),s_1=\dfrac{1}{2}(b+c),s_2=\dfrac{i}{2}(b-c),s_3=\dfrac{1}{2}(a-d).
$$

 これは、私が個人的に名付けた「±スイッチ変形」というやつですね。

 具体的に、$${\begin{bmatrix} 1 & 2 \\ 4 & 5\end{bmatrix}}$$という行列で計算してみると、

$$
s_0=3,s_1=3,s_2=-i, s_3=-2.
$$

なので、$${A}$$のパウリ行列による展開は、

$$
A=3\sigma_0+3\sigma_1+(-i)\sigma_2+(-2)\sigma_3
$$

となります。検算すると、

$$
\begin{align*}
A&=3\sigma_0+3\sigma_1+(-i)\sigma_2+(-2)\sigma_3 \\
 &=3 \begin{bmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1\end{bmatrix}
+3 \begin{bmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{bmatrix}
+(-i)\begin{bmatrix} 0 & -i \\ i & 0\end{bmatrix}
+(-2)\begin{bmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1\end{bmatrix} \\
&=\begin{bmatrix}3 +(-2) &  3 -(-i)i \\ 3+(-i)i  & 3-(-2)\end{bmatrix} \\
&=\begin{bmatrix} 1 & 2 \\ 4 & 5\end{bmatrix}
\end{align*}
$$

と、確かに一致しています。

幾何代数で行列を無理やり表す

 ここまででの行列での成果をまとめます。

$$
A=s_0\sigma_0+s_1\sigma_1+s_2\sigma_2+s_3\sigma_3
$$

但し、$${A=\begin{bmatrix} a& b \\ c & d \end{bmatrix}}$$に対して

$$
s_0=\tfrac{1}{2}(a+d),s_1=\tfrac{1}{2}(b+c),s_2=\tfrac{i}{2}(b-c),s_3=\tfrac{1}{2}(a-d).
$$

 ここで、行列$${A}$$をベクトル$${v=\begin{bmatrix}x\\y \end{bmatrix}}$$に作用させるとこのようになります。

$$
v'=Av=\begin{bmatrix}a&b\\c&d\end{bmatrix} \begin{bmatrix}x\\y\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}ax+by\\cx+dy \end{bmatrix}
$$

 さて、幾何代数を使って、同じことができるのでしょうか。

$$
v'=Av=s_0\sigma_0 v+s_1\sigma_1 v +s_2\sigma_2 v+s_3\sigma_3 v
$$

 行列を幾何代数表記にしてみます。前述の書き換えに従います。

  • $${\sigma_0 \to 1\cdot v}$$

  • $${\sigma_1 \to \dfrac{1}{\sqrt{2}} (e_1 + e_2)v\dfrac{1}{\sqrt{2}} (e_1 + e_2)}$$

  • $${\sigma_2 \to i v e_{12}}$$

  • $${\sigma_3 \to e_1 v e_1}$$

$$
v'=s_0 v+s_1 \tfrac{1}{2} (e_1 + e_2)v(e_1 + e_2) +s_2 iv e_{12}+s_3 e_1 v e_1
$$

 これが、行列$${A}$$の幾何代数での表現となるようです。複雑なようなそうでないような(あっさり書いていますが、正直、ここに辿り着くまでに結構右往左往しています)。

 本当に正しいのか、検算してみよう。まず、$${v=\begin{bmatrix}x\\y\end{bmatrix}=xe_1 + y e_2}$$を入れて計算。

$$
\begin{align*}
v'=&s_0 (xe_1 + y e_2)+s_1\cdot \tfrac{1}{2} (e_1 + e_2)(xe_1 + y e_2)(e_1 + e_2) \\
&+s_2i  \cdot (xe_1 + y e_2) e_{12}+s_3 \cdot e_1 (xe_1 + y e_2) e_1\\
=&s_0 (xe_1 + y e_2)+s_1(y e_1 + x e_2) +s_2i (-y e_1 + x e_2) +s_3 (xe_1 - y e_2) \\
=&[(s_0+s_3) x + (s_1 -s_2 i)y]e_1 +[(s_1+s_2 i)x + (s_0 - s_3)] y e_2
\end{align*}
$$

 例によって、具体的に$${\begin{bmatrix} 1 & 2 \\ 4 & 5\end{bmatrix}}$$という行列で計算してみます。$${s_0=3,s_1=3,s_2=-i, s_3=-2}$$でした。

$$
\begin{align*}
v'=&[(s_0+s_3) x + (s_1 -s_2 i)y]e_1 +[(s_1+s_2 i)x + (s_0 - s_3)] y e_2\\
=&[(3+(-2)) x + (3 -(-i)i)y]e_1 +[(3+(-i)i)x + (3 - (-2))] y e_2\\
=&(x + 2y)e_1 +(4x + 5y) e_2= \begin{bmatrix} x+2y \\ 4x+5y \end{bmatrix}\\
\end{align*}
$$

 よかった。計算は正しそうだ。

気になること

 とりあえず完成はしましたが、$${\sigma_2}$$に出てくる虚数単位が非常に気になります。
 $${i}$$は、幾何代数では面ベクトル(bivector)$${e_1e_2}$$、略して$${e_{12}}$$と同じということがバレているのでした。

$$
i=e_{12}
$$

とすると、行列$${A}$$の幾何代数での表現式は、以下のようになります。

$$
v'=s_0 v+\dfrac{s_1}{2} (e_1 + e_2)v(e_1 + e_2) +s_2 e_{12} v e_{12}+s_3 \cdot e_1 v e_1
$$

 この第3項$${s_2 e_{12} v e_{12}}$$を、右から先に計算すると、

$$
s_2 (e_{12} v e_{12})=s_2 [e_{12} (xe_1+ye_2)e_{12}]=s_2(xe_1+y e_2)
$$

となり、$${v}$$は元の木阿弥。これはおかしいので、恐らく左から先に計算するのでしょう。

$$
(s_2 e_{12})  v e_{12}=[s_2 e_{12}] (xe_1+ye_2)e_{12}=s_2e_{12}(-ye_1+x e_2)
$$

 元々、$${s_2​=\dfrac{i}{2}​(b−c)}$$なので、$${s_2e_{12}=\dfrac{e_{12}}{2}​(b−c)e_{12}=\dfrac{1}{2}​(b−c)(e_{12})^2=\dfrac{1}{2}​(-b+c)}$$であった。

 ある意味、今回の目的のためにはこの値さえ維持されれば良いので、$${i}$$を排除して、

$$
s_2=\dfrac{1}{2}​(-b+c)\\
v'=s_0 v+\dfrac{s_1}{2} (e_1 + e_2)v(e_1 + e_2) +s_2v e_{12}+s_3 \cdot e_1 v e_1
$$

としても問題なさそうです。
 いや、そうなると、はじめのパウリ行列の係数と行列の積

$$
s_2\sigma_2=\dfrac{i}{2}(b-c)\begin{bmatrix} 0 & -i \\ i & 0\end{bmatrix} 
$$

の係数が$${i}$$だけ整合性が取れない。
 これは、行列から$${i}$$を括り出せば解決しそうだ。

$$
\begin{align*}
s_2\sigma_2&=\dfrac{i}{2}(b-c)i\begin{bmatrix} 0 & -1 \\ 1 & 0\end{bmatrix} \\
&=\dfrac{1}{2}(-b+c)\begin{bmatrix} 0 & -1 \\ 1 & 0\end{bmatrix}
\end{align*}
$$

 つまり、$${s_2=\dfrac{1}{2}(-b+c)}$$、$${\sigma_2=\begin{bmatrix} 0 & -1 \\ 1 & 0\end{bmatrix}}$$とすれば、今回の目的には十分である。
 しかし、この場合は、パウリ行列の$${\sigma_1 \sigma_2=i\sigma_3, \sigma_2 \sigma_3=i\sigma_1,\sigma_3\sigma_1=i\sigma_2, }$$という対称性が犠牲になってしまいます。
 このあたり、考察の余地がありそうです。

結論と考察

 結果、2次正方行列に限るが、任意の行列$${A=\begin{bmatrix} a& b \\ c & d \end{bmatrix}}$$は、次の通り幾何代数に書き直すことができます。

$$
s_0=\dfrac{1}{2}(a+d),s_1=\dfrac{1}{2}(b+c),s_2=\dfrac{1}{2}(-b+c),s_3=\dfrac{1}{2}(a-d)
$$

として、

$$
s_0 v+\dfrac{s_1}{2} (e_1 + e_2)v(e_1 + e_2) +s_2v e_{12}+s_3 e_1 v e_1.
$$

 この結果を見て思うのは、はじめに書いた通り、行列というのは自由度が高く、好きな数字を放り込めば無理やり基底変換してくれるものである一方、幾何代数の方法は、拡大、鏡像や回転とその組み合わせに限定されるという事実です。
 見慣れた行列の方が便利な気がしますが、一定の特徴を持つ行列については結局幾何代数と同じことをしており、代数的アプローチか幾何学的アプローチかの違いであろうと考えています。

 パウリ行列、便利だけど、$${\sigma_2}$$がやはり気になりますね。それでは。




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