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ブラジル音楽(ボサノバ)の和音解釈:Waveの調性進行

中学生からの質問

 ベースと作曲にハマっている中学生から「一時転調って何?」という質問があったので、次の和音進行をギターで聴かせた。

 初めに、典型的なカノン進行のボサノバ的解釈:
 C7M G/B Am7 G6 F7M Em7 Dm7 G4/7(9)

 次に、太字のG6の部分を一時転調に置き換える:
 C7M G/B Am7 Gm7-C7(9) F7M Em7 Dm7 G4/7(9)

 なるほどこれか、と納得した様子。

 和音表記には分野により方言があるが、ここではブラジルで標準的と思われる表記とした。論理的な記法であり、日本でよく見られるDm7/Gという記述については、和音の機能がより明確なG4/7(9)とする。その他、
・major 7thをM7ではなく7Mと書く。
・suspended 4th はsus4ではなく、単に4とする。
・diminishedは上付き0で表す。またhalf diminishedとはせず、m7(b5)とする。
などに留意されたい。

 この手法は、近年の楽曲、ジャンルは定かではないが、特に打ち込みで作られた曲で多用されているのを耳にする。変化が出るし、少しオシャレな感じもするからだろうか。

 おっちゃんのやっているボサノバは、実はそれどころではない、転調というべきか、もはや和音進行ならぬ「調性進行」、調自体がの代わりに進行するんやで、と、ブラジルの「美の工場」とも言われたTom Jobimの代表曲 Wave(Onda)の和音進行を披露した。
 中学生はその楽曲構成に驚き、何から聴いたらいいかと尋ねられたが、まあそう焦るなと次回に持ち越した。

 今回は、その内容を確認したい。

Waveの和音進行

https://www.youtube.com/watch?v=JGqzKmp_5Bg

 そのWaveであるが、繰り返しや尺の長短を端折ると次の3部で構成されている。


[Intro]
Dm7 G/D  $${\cdot \!/\! \cdot}$$

[A]
D7M(9)  B$${\!\flat^0}$$  Am7  D7($${\!\flat\!}$$9)
G7M  Gm6  F#7(13)-F#7($${\!\flat\!}$$13) F#m7-B7($${\!\flat\!}$$9)
E4/7(9)-E7(9) Gm7-A7($${\!\flat\!}$$13)  Dm7-G/D  $${\cdot \!/\! \cdot}$$

[B]
Gm7  C/B$${\!\flat\!}$$  Am7  Dm7(9)
Fm7  A$${\!\flat\!}$$/B$${\!\flat\!}$$  Gm7  A7($${\!\flat\!}$$13)

調性解釈

[Intro](前奏)

 [Dm7 G/D]の繰り返しである。A-Bの繋ぎにも後奏にも使われている。

 この2和音を調性内和音Diatonic Chordとして持つ調はC Majorハ長調またはA minorイ短調であるが、旋律は明らかにDの音が主音となっており、また、[A]部分の最後に再登場する際の前の属七和音dominant chordがA7($${\!\flat\!}$$13)なので、ここの調性はD minorニ短調で確定。
 しかし、二つ目の和音 G/D でいきなり調性を破っている。B音は調整内音ではない。
 よって、G/DはG Majorト長調への一時転調と考えられる。
 前奏で既に頻繁かつ単調な転調が行われているが、通じて根音《root note》Dが保持され、その抑制的な効果=保留感が次に続く[A]への期待感を与えている。

この部分の調性D minorニ短調~G Majorト長調

[A]1行目

 D7M(9)  B$${\!\flat^0}$$  Am7  D7($${\!\flat\!}$$9)

 主和音tonicD7M(9)が提示されたすぐ後に、無調で経過和音的な性質を持つB$${\!\flat^0}$$で調性が崩れ、次のAm7に滑らかに移行する。
 このAm7は、D7($${\!\flat\!}$$9)-G7Mに続く。いわゆるⅡm- Ⅴ、典型的な解決cadenceのⅡmとなる。しかし、2行目の進行を見ると、これはD Majorニ長調の中の一時転調と解釈するのが適切であると考える。

この部分の調性D Majorニ長調~(一時転調)G Majorト長調

[A]2行目

G7M  Gm6  F#7(13)-F#7($${\!\flat\!}$$13) F#m7-B7($${\!\flat\!}$$9)

G7M  Gm6 という流れは通常、次の二つの解決cadenceで出現する。CMajorハ長調で表すと、

F7M Fm6 C7M(終止) 又は F7M Fm6 Em7(仮終止)

 特に後者の仮終止は、根音root toneが半音降下、構成音もD音以外が半音降下であり、非常に滑らかに遷移する。

 C7MもEm7も主和音tonicに分類されるので、ここでのFm6は属七和音dominant chord的な働きをしている。一種の代替和音だ。

 属七の代表であるG7の構成音は[G B D F]、一方のFm6は[F A$${\!\flat\!}$$ C D]であり、[D F]を共有している。様々な解釈が可能であるが、保留し、ここではこの解決がD Majorニ長調、つまり主調性のものであることを指摘するに止める。このことからも、[A]1行目のAm7  D7($${\!\flat\!}$$9)が一時転調であることが言える。

 次に来るF#7(13)-F#7($${\!\flat\!}$$13)も、その次のF#m7へ至るまでのB Majorロ長調への一時転調であり、一旦属七和音dominant chordで緊張感を持って「待った」をかけ、長3度を短3度へと移行、緊張緩和と共に元の調性へ戻る役割をしている。
 尚、13度の半音降下は和音の機能は変えずに変化を付ける、ボサノバでは典型的な、装飾的かつ本質的な進行である。

 F#m7-B7($${\!\flat\!}$$9)はこうだ。F#m7は主調性であるD Majorニ長調ではⅢm7(主和音tonic)であり、一旦元の調性に戻ったと見せかけて、実は次の調であるE Majorホ長調のⅡm7(下属和音subdominant)であったという、軽やかな裏切りを行なっているのだ。

この部分の調性D Majorニ長調~B Majorロ長調(一時転調)~D Majorニ長調~E Majorホ長調

[A]3行目 

E4/7(9)-E7(9) Gm7-A7($${\!\flat\!}$$13)  Dm7-G/D  $${\cdot \!/\! \cdot}$$

 2行目で一旦E Majorホ長調への動きを見せたが、そこでE7Mのような主和音tonicへは解決せず、属七化している。同時に、E4/7(9)-E7(9)、つまり4度繋留和音suspended 4thAが長3度major 3thG#へ移行、緊張緩和を見せる、ボサノバで頻出の内部進行を行なっている。この和音はA Majorイ長調での属七和音dominant chordと捉えるのが妥当であろう。
 しかし、ここで指向すべきA7Mのような主和音tonicへはやはり解決せず、曲調の色彩も唐突に転換し、前奏の調であるD minorニ短調調性内和音Diatonic Chordで構成される、Gm7-A7($${\!\flat\!}$$13)  Dm7 へと続くことになる。典型的な短調の進行となっている。

この部分の調性A Majorイ長調~D minorニ短調

 尚、E4/7(9)はD/Eと分数和音fraction chordでの記載が国内では主流であるが、この記法であるとこの緊張緩和が和音名から読み取り辛い。個人的にはこれを仮分数和音improper fraction chordと呼んでいる。演奏の便宜上等の理由によりAm7をC/Aと上3音upper structure triad根音root toneを分けて記述する場合もこれに相当する。
 E/Dのように、根音root toneから3度又は4度の音が構成音に存在しない場合は分数和音以外の記法がないため、これを真分数和音proper fraction chordと呼び、本質的な分数和音かを峻別している。典型的には、第1~3転回形がこれに相当する。

[B]1行目

Gm7  C/B$${\!\flat\!}$$  Am7  Dm7(9)

 ここはそのままD minorニ短調である。
  Gm7  C/B$${\!\flat\!}$$  Am7 は、次の典型的な和音進行の変則であると解釈できる。CMajorハ長調ではこうなる。

F7M  G/F  Em7

 下属和音subdominantF7MからEm7に移行する際に基音を動かさずに一旦保留するため、浮遊感とドラマチックな効果が得られるのでポップス等でも多用される進行だ。

この部分の調性D minorニ短調

[B]2行目

Fm7  A$${\!\flat\!}$$/B$${\!\flat\!}$$  Gm7  A7($${\!\flat\!}$$13)

 1行目の平行1度下降であり、C minorハ短調となる。
 しかし、最後に[A]に繋がるA7($${\!\flat\!}$$13)があり、これはD minorニ短調に属するため、その前のGm7は、C minorハ短調での主和音tonicⅢm7とD minorニ短調での下属和音subdominantⅡm7の性質を併せ持っている。

この部分の調性C minorハ短調 ~ D minor《ニ短調》

Waveの調性進行の纏め

Wave / Tom Jobim の調性進行

 1曲内で、これだけの転調を行ない、一時転調を含め複雑な構成となっているが、曲を分断するような無理やり転調で驚かせるようなことはなく、美しい旋律に乗せて淡々と軽やかに調を変え、陰影を変化させていく。
 これがボサノバをはじめとするブラジル音楽の魅力の一つである。

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