全体から観える”状態”
人のアタマってさ。
私達が自覚できている「思いや考え」という仮にこれを同じ一つの”面”で捉えた時に、その本来は最もシンプルなそれを背後で引っ張る「何か」があったりしてさね。
そのシンプルな行いを、「何か」という言葉にならない存在が、しっかり重量をもってストップをかける事ってあるのだと思うわね。
私は今、そんな状態を抱えているのを自覚している(笑)
そんな状態の「説明」を少し書いて行こうと思うがね…(*^^*)
バズの最期の時の事を私は必ずきちんと書く。
それは必ず私のする事だし、「書く」と公言しているし、やるのだけども。
脳の状態(疲労など)の事はちょっと置いておいて、それ以外の所から話していきたいと思います。
例えば簡単にショックな出来事が起きて心は落ち込んでいる…、という様な事はあったにせよ、私の中では「今現在に於いては」それが理由にはなっていないと考えている。
「書ける」んだよね、いつでも。
”可能”な事ではある、のだけども、「それをする」事による周りに付随した諸々の事がワーッと脳の背後に流れるのが幾らか分かる、視えてくる。
・一回約2,000字、何回になるかな…
・どこから入って(繋げて)行くかな…
・直ぐに書かなくても良いじゃん⇆で記憶が曖昧になる
・エネルギー使うんだよな…
などなど。
「書く」という行いの”純粋”の周りに引っ付いた”思い”で、「書く」の域に入っていけていない、私はそんな風に自身を感じている。だからあまり考え込まなくて良いような、”直ぐに書けそうなモノ”に流れる。それが負担が少なくて楽だから。
私自身がどの様に、どのタイミングで書こうとも何の影響もないものなのに、自分自身にしっかりと「やらなくちゃ」が引っ掛かってしまっている状態・・・、記憶が薄くならないうちにと、少し焦る部分もある。
【・・・今、そこにエネルギーをかけられない。傷心という事でなく、少し脳が疲れている感じ】
これは一昨日のメモの一部。それがその後又は翌日である昨日の時点で、”感想”はまた既に変化している。
意識の話に繫げて行くと、この現実が色々とどんどん変化していくから、そこに今までの意識がアップデートするのにエネルギーが消費されている所があって、消耗が早く感じる。
普段なら、「じゃあ一つ一つ…」とゆったりと構えられる事が、エネルギーが満タンにならないので、やる事はあまり消化されず、残り続けるものに焦点を当ててしまい、余計に「やる事」が浮き彫りになってしまっている。
(と、ふとここで、”ゆうきこよみ”を開いてしまった。来週からの土用より、来月の”超助走”が、中々ハードに感じてしまった。「表現はヒョーゲン」。そう読み取る自分の現状は、ゆとりが少ない状態である事が伺える(*‘∀‘))
で、こうして書いているとやっぱり”自分”が視えてくる。
また、繁忙の3月が終わってゆっくりのんびりしたかった所に、大きな変化が来たので全く氣が休まっていない(笑)こうして”モロモロに引っ張られる”=細かく分散してしまっている「氣」、を少し内側に向けたいと思います。
(と、ここで強い眠気に引っ張られて、日中少し潰れた)
・・・
冒頭に、「脳の状態(疲労など)の事はちょっと置いておいて…」と書いておきながら、この内容自体が「その状態」をそのまま現していると思う。
”表現”は、頭で考えられたものが多くて、一見何でもなくスマートに見えるけども、そこから観えるもの、内容から観えるもの・状態は、決して表現と一致していない事が分かる。
こういう事から、言葉というその意味は時に整い過ぎたフェイクであって、全体の流れの中に観える「状態」から本当の姿がヒョーゲンされている、という事が分かると思う。
(今回)書き始めは決して「ウソ」を書いた訳でなく、自覚する自分は「そう思ったから」その様に書き始めた訳だけども、こうして書いていると、書く程に自分の隠れた”状態”が、全体に現れている事が分かってくるから、結果として「冒頭の言葉(表現)は、違かった」と、言う事に気づいている。
と、長々と”脳の疲労”を説明した所で、再びのスイマー。
夢の中で泳いできまーす(*^^*)
(因みに、冒頭で脳内にイメージしていた「状態」と、最後にまとめている「状態」の意味は、中身が全く違います。ただ同じ言葉、”状態”で上手く括った様になっているだけです(笑))
「うみのみかをサポートしたい」と行動させてしまう様なクリエイターです(*^^*)。私も同じように読まれた方のサポートになる事を意識しています。 自覚を保ちしっかりと進んでいきます!