免罪符としての○○…
以前書いた内容を書きたくなって、珍しく探した(笑)
私は面倒だからあまりこういう事をしないのだけども。。。
先月、食事の話から主人が口にした事。昨日再び似た話題になって…。
主人はこう言った。
「生き物を殺してまで何で、人は生きたいんだろう?どこへ行きたいの?何を目指してるの?」
アメノミナカヌシ様の為は分かるけど、アメノミナカヌシ様は何で、その仕組みを作って何を求めてるんだろう?
この仕組みでなくても、この世界をどうにでも創れたでしょ?
真実かどうかでなく、主人のこの内容で私がすぐに思った事と、私のスタンス。
「感謝」というものを感じる為。
「感謝」の手段は他にもあるのに、何で食物連鎖での感謝であるかの理由は、翻して(同時に)生きていられる事への感謝の気持ちに気づかせる為…。
私は○○さん(←主人の名前)みたいに一段深く下げられてないの。「何で人は…」って疑問に思うって、答えは出てないにしても凄いと思うの。その上で、
一段下げない状態、「この時点」から考えてる、「こういうものだから」という所から。
「殺生」
人は自分を守りたい、結局自分の事しか考えていないから。
主人は、
「罪悪感」は誰でも持ってると思う。無意識に奥底にある…。
そう言った。
で。
本当に優しい心で生き物を守ろうとする人々がいる事、心からの感謝ができる素晴らしい方々がいる事も理解した上で。
私はそうでなくて―――。
生き物を殺さないようにする努力をする事もできない、しないし、何にでも全てに感謝ができる程、余裕がある訳でもなくて。
でもだから。
感謝する他、手段がないです。
「罪悪感など感じた事ない」という程、きっと深い所に“申し訳ない”を押し込んで、人間として堂々と生きたいので、せめて、
【ありがとう】
と感謝する他、手段がないのです。
この状態で、この人間として私は生かしてもらっているので、せめて少しでも罪が軽くなるように、免罪符として「ありがとう」という言葉を持たせてもらいました。
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生き物繋がりで書こう(*^^*)
書きたかったけども、中々つなげる事ができず、書き出せなかった事。
私はワン達を、自分の「第2の目」という位置づけでも良いと考える程、彼らの行動に助けられている。
と言っても、”危険”と言うような事が日常的に起きる訳じゃなく、たまの事だしソレがなくても何ら困らないのだけども、私より明らかに「優れている」から、それを自分の器官のように考える。
犬は視力が弱く、ハッキリと見えていない。色の掴み方も人間とは違うと言われます。補うように嗅覚・聴覚で捉える力が優れています。
主人が帰宅すると、私の耳では感知できない音に、ワン達は一斉に吠えたり、激しく動き回ります。その反応を見て私は”主人の帰宅を理解する”事が多い、寝ていなければの話ですが。
いくら聞き耳を立てても私に音は届きません。それをワン達は確実に拾うので、私よりも動き(反応)が早くなる。
この「感覚の差」をまず私は認めたいし、ワン達を観ていると「知る事」が早くなります。
ワン達の中でも微妙に反応の遅れる感じの子たちがいて、その子たちと私の反応が同時の事はボチボチあります。私が寝ていなければ、の話ですが(;^ω^)
犬を叱る時、基本は「ダメ」「コラ」などの短い言葉で現行犯で、と言われていますが、黙って本気で目を見るというのを読んだ事がありました。
犬のしつけは5ヒキ育てても、私はカンタンとは思いません。ハッキリ言って、個性、性格だと思っています。1歳近くで迎えたニコルは躾を行うパピー期に実行していなくても、一番利口でよく人を見ている…こんな子もいるからです。
(余談)パピーの頃に躾を入れていく事は共に生活をする上で必要な事でもありますが、知能の発達が進んでからの方が入りが早いというのはありそうです。
逆にパピー期は非常に大人しかったピースは、今では一番ワンコラするし、いたずらが酷く、叱ってきても一向に懲りない子です。
「ダメ!」と言っても解らないピースに、黙って目を見て、「怒っている」という氣だけぶつけます。
ピースは伏せてジーーっと私の目を見て、鼻をヒキヒク、ヒクヒクとさせて、この気迫を感じ取っているのです。私はそう思っています。それを何度も経験してきたので、目で「姿を見る」よりも文字通り「嗅ぎ分ける」のだと思いました。(パフォーマンスは通用しません(笑))
自分と違う生きものだから、相手を理解したいし、それに努めたいと思っています。人間の目線のままでは相手の「見え方」すら理解できないのです。
犬は意地悪も、権威の見せつけもしっかりします…
おっと、これは人間世界の表現でした。きっと犬の世界では「これは俺のだぞ!」という意思表示なのだと思います。
黙って見てて、「うわ~意地悪~( ;∀;)」とワン達を見ていて思う事はしょっちゅうですよ。生き物が違えば在り方は異なりますね。