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SaaS領域に飛び込み活躍できるデザイナーとは?──ベイジ枌谷力さん×プレイド鈴木 BtoBデザイナー対談 前編

2019年9月11日に発表された「SaaS 業界レポート 2019」では、日本のSaaS市場は年平均成長率約12%の勢いで急成長しており、2023年には約8,200億円へ拡大する見込みだと発表されました。

SaaS市場は伸びている一方で、SaaS領域で活躍するデザイナーはまだまだ足りていない印象です。BtoB領域におけるデザインとは何か、どんなデザイナーが活躍できるのか。一線で活躍するデザイナーとプレイドのデザイナーの対談を通じて、SaaSデザイナーの可能性を探っていく企画をスタートします。

初回となる今回の記事では、聞き手をinquireのモリジュンヤさんに務めてもらい、デザイナーの鈴木が、BtoBに特化したWebサイトの制作や業務用システムのデザインなどを行うデザイン会社ベイジの代表・枌谷力さんと、BtoB領域のデザインのやりがいや魅力について語りました。

枌谷力さんプロフィール
株式会社ベイジ代表。新卒でNTTデータに入社。4年の企画営業経験の後、デザイナーに転身。制作会社を2社を経て、2007年にフリーランスのデザイナーとして独立。2010年に株式会社ベイジ設立。経営全般に関わりながら、クライアント企業のBtoBマーケティングや採用戦略の整理・立案、UXリサーチ、コンテンツ企画、情報設計、UIデザイン、ライティング、自社のマーケティングや広報、SNS運用、ブログ執筆など、デザイナー、マーケター、ライターの顔を持つ経営者として活動している。

BtoBとBtoCでデザインは変わる?

ーー今回はSaaSのデザインに関しての対談ですが、鈴木さんはなぜこのテーマについて話したかったんでしょうか。

鈴木:僕はBtoBでSaaSや業務アプリケーションのデザインをしたいデザイナーの母数が少ないことに課題意識がありました。「SaaS Designers Meetup vol.01」というイベントでGoodpatchの佐宗さんが登壇した際に発表していた数字が驚きで。

「どんな事業形態に携わりたいか?」という質問に対して「BtoBに携わりたい」と回答している人が8%でした。また、Basecampの代表であり、dely株式会社のCXOである坪田さんがTwitterでアンケートをとった際の結果も、SaaS事業会社に転職したいと考えるデザイナーの割合が12%と低いものでした。

こうした結果を見ていて、そもそもこの領域のデザインに取り組もうというデザイナーの母数が少ないというのはなぜなんだろうなと。

枌谷:まずそもそも、BtoBビジネスの特性をきちんと理解し、それを意識しながらデザインをしているデザイナーというのがほとんどいないでしょうね。BtoBビジネスに関わったデザイナー自体は大勢いると思いますが、来た依頼がたまたまBtoBだっただけというケースが多く、意図的にBtoBを選ぶデザイナーというのは、ほとんどいないのではないでしょうか。BtoBは知れば知るほど面白いけれど、BtoB領域の仕事はどういうもので、BtoBだったらどうデザインを変えないといけないかがイメージできないのも大きい気がしますよね。あとそもそも多くの人の目に触れるデザインじゃないので、そこで関心を持たれにくいとか。

鈴木:たしかに。僕も、デザイナーとして働き始めた最初はみんなが知っているサービスやアプリのデザインを手掛けるのがモチベーションになっていました。デザイン会社で働いている人が、BtoB領域やSsaSのデザインの面白さを知ったら、自分のようにBtoB領域のデザインを手掛けるようになるんじゃないかなと思っているんです。

ーーデザイナーの中でもBtoB領域に関心を持ってくれる人が増えるといいですよね。BtoB向けデザインは、BtoC向けデザインと比較するとどのような違いがあるのでしょうか?

鈴木:BtoCの場合は、自分にとっても身近なサービスであることも多いので、ターゲットやプロダクトが使われるシーンを想像しやすいと思います。BtoBは、対象領域への理解がないと、そのプロダクトがどう使われるのを想像するのが難しい。そうなると、適切なデザインをすることの難易度も上がります。BtoBにおけるデザインでは、対象領域に対して関心が持てるのかっていうのは結構重要だと思いますね。

枌谷:私は、突き詰めると両者にそれほど大きな違いはないと思っています。BtoBの購買プロセスを時間軸で見ると、プロダクト利用前と利用後でターゲットが変わる点は特徴的です。契約前は組織の事業部長や情報システム部の担当者といった意思決定者、契約後は実際にそのシステムを使うエンドユーザーがメインターゲットになる。BtoCであれば、購入者と利用者が一緒ですから、同じペルソナで一貫してデザインを考えられる。

ただ、ユーザーを深く理解してアプローチするというのは結局は同じなので、そういう意味で、BtoCとBtoBで大きな違いはないかな、と思ったりします。

BtoBは自分が購入者になれないのでイメージしにくいという話もありますが、BtoCでも、高額商材や性別や年齢的に自分が対象じゃない商材など、自分自身が利用者となって体験できないタイプの商材もありますし、イメージしにくいものをデザインすることも時には求められる、というのも、BtoCだろうがBtoBだろうが同じですよね。

鈴木:たしかに。そう考えると、デザインする段階ではやるべきことは同じですね。

BtoBのサイトデザインとSaaSデザインの違い

ーーBtoBの中でも、SaaSや業務アプリケーションなどの領域でも違いはないのでしょうか。

枌谷:私は「SaaSのUIデザイン」というジャンルが特別にあるわけではないと思っています。SaaSというのはサービスの提供形態でしかありません。クラウドで提供するのか、オンプレミスで運用するのか、パッケージで販売するのかの違いであって、デスクトップPCに表示され、マウスで操作するアプリケーションのためのUIデザイン、という意味では変わらないと考えています。だから、SaaSのデザインだから何か特別なものがあると捉えなくてもいいように思いますね。ただ、業務課題を解決するアプリケーションと、マーケティングや顧客獲得を目的とするBtoBサイトでは役割やターゲットが明確に違うので、デザインのポイントも変わってくるとは思います。

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鈴木:Webサイトは、情報取得を目的としているので情報をスムーズに得るためのUIを考えないといけないですよね。SaaS領域は、いわゆるWebアプリケーション。利用を通じて業務を円滑に進めることが目的になるので、求められる役割が異なります。

枌谷:一般的なWebサイトはUIデザインというよりコンテンツデザインの性質の方が強いですよね。UIはできるだけ簡素で汎用的なものにしながら、コンテンツ表現に最大の時間を割き、その商材が持っている魅力的が伝わるようデザインする。SaaSは基本的に課題解決ツール。個別の業務要件に合わせようとするとUIが複雑になりがちだけど、そのうえで、どうシンプルに課題解決できるか、みたいな視点のデザインになりますよね。

鈴木:目的が異なるので、Webサイトは「見た目の華やかさ」で印象付けることも付加価値になりやすいですよね。SaaSは基本的に透明というか、主張しないデザインになる傾向はあると思います。そのあたり、どういうデザインを手掛けたいかで向き不向きはあるかもしれません。

枌谷:私はWebサイトのデザインもアプリケーションのUIデザインも両方やりますが、Webサイトのグラフィカルなデザインは、真っ白なキャンバスに絵を描いていく感覚に近いですね。クライアントニーズやWebサイトとして満たすべき基本セオリーはありますが、コンテンツ表現に関してはある程度の自由度もあって、その中でゼロから考えていく。一方のSaaSはプラモデルの感覚に近くて、パーツを組み上げて、整えていく感じ。面白さを感じるポイントとして共通する部分もありますが、根幹で違う気もします。

SaaSのデザインは、"道具作り"に近い

ーーSaaSのデザインを手掛ける際のやりがいはどういった点になるのでしょうか?

枌谷:SaaSのUIデザインは“道具づくり”に近いんですよね。はさみに例えると、刃がないはさみや持ち手がないはさみというのは存在しません。それと同じように、使う人がブラウザ上でマウスを使ってなんらかのアクションをすることを前提にすると、絶対に従わなければいけない基本法則があるんです。現実世界の物理の法則みたいなものです。その法則にしたがって、論理的に積み上げていく。コンテンツデザインに比べると表現の自由度は少ないのですが、ロジックを組み立てる労力は大きい。ロジカルなものをコツコツと積み上げていくような仕事が好きな人には、そこにやりがいを感じられると思います。

鈴木:道具そのものを作れることはやりがいを感じますよね。プロモーション目的のランディングページは作り、ユーザーがコンバージョンしたら施策は終わり。SaaSは、よい道具を作れば、ユーザーが使い続けてくれます。それだけではなく、ユーザーの仕事を助け、ユーザーからのフィードバックを受けてプロダクト自体も成長できる。継続的にものづくりができるのは楽しいですね。

ーー道具作りである点はお二人とも共通してやりがいを感じている点なんですね。

枌谷:道具作りには道具作りの面白さがありますよね。SaaSは、プラモデルに感覚が近いと言いましたが、だからこその利点もあります。特にブラウザベースのSaaSだと、使えるUIパーツのパターンはある程度そろっていて理屈である程度作れる。だからデザイナー経験が少なくても、挫折感をあまり味わうことなく、成功体験を積み重ねやすいように思います。本当は奥が深いし、難しいんですけど(笑)

ーーある程度の型があるからこそ、初心者でも取り組みやすいのかもしれませんね。

枌谷:新規サービスをゼロから作るんだとまた条件が変わりますが、ある程度デザインシステムができていたりすると、パーツの組み合わせで、経験が浅い人でもある程度までは完成させることができる。これは、画面が小さくて制約が多いスマホサイトのデザインと同じ現象と言えます。

鈴木:たしかに。iOSやAndroid、デバイスのガイドラインなどのコンポーネントがあるので、経験がなくても一定レベルのものは作りやすいですよね。

枌谷:画面が小さくデザインの自由度が少ないスマホサイトのデザインは比較的難易度が低く、未経験デザイナーでも、そこそこなら早い段階で作れるようになります。同じ理屈が働くので、パーツの組み合わせである程度まで完成度を高められるSaaSからデザイナーのキャリアを始めてみるのは悪くないと思いますよ。

ーーSaaSのデザインは、比較的初心者でも挑戦しやすい領域なんですね。

枌谷:そうですね。逆に、表現系デザイナーとしての基礎体力がない段階で表現力が求められるグラフィックな領域にいくと、挫折しやすい気もします。表現の自由度が高くて言語化されている領域が比較的少ないので、自分が納得できるものを作れるようになるまでに時間がかかる。その間、「センスないのかな?やめたほうがいいのかな……」と悩んでしまう。

SaaSのデザインに求められつつある創造性

ーーSaaSのデザインはある程度は、ロジックと型で対応ができ、主張しないデザインが多いから、そういうデザインをやりたい人が向いている、という話を伺ってきました。そうすると、現在グラフィカルなデザインを手掛けているデザイナーはSaaS領域だと活躍が難しいのでしょうか?

鈴木:活躍する余地はあると思います。SaaSはユーザビリティを考慮したデザインが中心になり、ユーザーのやりたいことや目的を阻害しないために、ビジュアルやクリエイティブはあまり求められてきませんでした。最近では、それが変わらないといけないのでは、と感じる場面が増えているんです。

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枌谷:私もそう思います。例えば、BtoBの仕事をしているので、よく展示会に行くんです。先日も営業支援ツール系の展示会にいったんですが、ほぼ同じような見た目のデザインが並んでいて、どのブースに行けばいいのかと迷ってしまいました。SaaSもUIデザインも、もう少しビジュアルにもこだって、独自のブランドや世界観を打ち出すことができれば、マーケティングやセールスもやりやすくなるのにな、と思いました。

鈴木:似たような製品が並んだときに「ちょっと使ってみたい」と思ってもらうためには、触り心地やビジュアルのデザインへのこだわりは差別化要因になりそうですよね。

枌谷:SaaSのUIも今後は、ユーザビリティだけではなく、ビジュアル表現も共存させるべきだと思うんです。今のSaaSのUIデザインは、データドリヴンでPDCAを回し過ぎて、機械的になりすぎているというか、数字では見えない部分が置き去りにされているのではないかな、と。そこを変えていくという意味でも、グラフィックやビジュアル作りの経験が豊富なデザイナーが活躍できる余地が出てきていると思います。

タイムマシン経営って言葉がありますよね。ある国では普及しているが、別の国では普及していない技術をその国に持ち込むような経営手法のことですが、グラフィックに強い異分野のデザイナーがSaaSのUIデザインに加わってビジュアルデザインの価値を広めて影響力を高めるというのは、このタイムマシン経営に近い考え方かもしれません。新領域を“開拓”するという意味では、とても面白いタイミングではないでしょうか。

ーーありがとうございました。

後編では、デザイナーのキャリアパスから見たSaaSデザインやデザイナー育成、組織づくりについて語ってもらいます。

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