水晶 他三篇―石さまざま
"空のどこにももう星影はない。ありとあらゆるものが、朝の光のなかに立っていた。『さあ出かけよう。』少年が言った。『そうよ、出かけましょう。』"1845年発刊の短編集『石さまざま』中の一篇である本書は画家でもある著者の自然描写の美しさ、何より激動の時代に、小さなものを擁護する姿勢が心に残る。
個人的には友人にすすめられ本書を手にとったのですが、厳しくも美しい冬の自然描写は別として【無駄な言葉を削ぎ落としたような禁欲的、簡潔な物語展開】には、過激などんでん返しや不条理な物語に慣れてしまっている私には率直に言えば些か刺激が足りず拍子抜けしたというのが最初の読後感でした。
しかし巻末に付随している『石さまざま』の序において。"没落してゆく民族がまず最初に失うものは節度である(中略)かれらは享楽と官能的な刺激をもとめ、隣人にたいする憎悪と嫉妬を満足させようとする"【なので】三月革命、普墺戦争といった激動の時代における著者の"読者にいっそう小さい、いっそうささやかなものを(幼いものたちに向けて)提供するわけである"とする確信的な【反時代的な意思表示】を知ると。
有り難くも平和が続く日々なのに【本のタイトルからSNSまで他者をひたすら罵倒する言葉が溢れかえる中】この鉱物名を標題群にした【世界文学史上でも珍しい】作品が静けさと静謐さをもって、日常の持続の中にある【何かしら大切なことを訴えかけてくれている】ように、再読しながら思えたのです。
ニーチェやハイデッガーの作品への賛美、あるいはトーマス・マンが『世界文学の最も注目すべき、最も奥深い、最も内密な大胆さを持つ、最も不思議な感動を与える小説家の一人である』と評したのも、案外、その辺りにあったりするのかもしれませんね。。
子どもたちに向けてプレゼントしたくなるような短編を探す誰か、あるいは自然描写が素晴らしく、それでいて簡潔な物語を探す誰かにもオススメ。