宇宙人になった親友
「赤ん坊って、大人より神経細胞の繋がりが多くあるのに、成長するにつれ繋がりが削られ減っていくんだ。そしてその多くの『不必要な繋がり』を取り除いたとき、僕らはどんな人間になるか決まるらしい」
「デイヴィッドバーンだろ」
「よく分かったね」
語る彼は私の二十年来の友人だ。十代の頃に出会った。彼は友だちが少ない、というか私以外いなかった。今もそうだ。でも彼は寂しそうではなかった。彼自身が自分は孤独だということを昔から知っていたからだ。
「昔から僕の中で当たり前だと思っていた世界を、同級生や先生に話すと変人だと失笑されるか、そんな訳があるかとなにかの引用のような当たり前の理屈を叩きつけられる連続だった。僕は少し『普通』のひとと物事の捉え方が違うのを自覚している。過信じゃない、周りの人達が僕にその事実を突きつけてきた。仕方が無い。僕はこの世界に少しだけ適応する才能がなかっただけだ。『普通』のひとたちは、この世界に適応することができるという素晴らしい才能を持っている。心から尊敬している」
唯一の友人として彼は私に心のうちを吐露してくれるが、彼から見たら間違いなく私も『普通』だった。だって私は彼のことを変なやつという視点でこうして見ているから。彼を変なやつと思う人間は、この世界では普通に適していて、彼を普通だと思う人間は、きっと、どこかからこの世界にやってきた宇宙人なのだ。
「デイヴィッドバーンなら対等に変態の宇宙人同士、意気投合できるんじゃない」
彼は笑って首を振る。
「確かに彼は変態かもしれないけど。僕は彼の言葉に感銘を受けて引用しているんだよ。彼に感性をひとつ教えられた訳だ。刺激的な感性を与えてくれて人生をひとつ彩ってくれた恩人に、対等という台詞は失礼極まりない」
「めんどくさい奴だ、そうやって難しく考えるから、おまえには友達がいないんだな」
「なんてことを言うんだい、唯一の友よ。でもね、そんな僕の言葉をただただ受け止めてくれる君には二十年前から今までずっと感謝の気持ちでいっぱいだよ」
私は思わぬ謝意を向けられ、照れくさくなって笑って誤魔化した。
「おまえの感性は受け止めるだけで精一杯だ。理解することもできないから受け取って人生を彩ることもできないが、吐き出す場所がない孤独な宇宙人にはこういう受け皿だけの役割も必要だろう」
「うん、本当にいつも感謝してるんだ」
それを最後に彼は突然いなくなった。
「宇宙人は色々考えた結果、宇宙に戻ることにしたよ」
彼の手紙の冒頭だった。
故郷の宇宙を探しに行くのか?それとも見つけたから戻ったのか?よく分からない。
彼の孤独を癒してくれる存在にどこかで出会ったのだろうか。もう既に見つけたのだろうか。よく分からない。
手紙の続きはこう書いてあった。
「君は、君が僕を宇宙人呼ばわりしたからいなくなったなんて思うだろう。そんな訳はない。むしろ宇宙人と言ってくれて心が晴れやかになった。
僕は昔から孤独だった。孤独という事実は慣れっこだし悲しくはなかった。でも『普通』を強要され憧れなければいけないこの世界に少し疲れてしまった。前にも話した通り『普通』になれる人達はとびきりの才能があって、僕にはどうしてもその才能が無かった。それだけで、どこにも居場所がない気持ちになってしまう。孤独は寂しくはないけれど、独りはどれだけ成長しても辛く体が内側からはち切れそうな感覚になる。
前にデイヴィッドバーンの脳細胞の話したの、覚えてるかな。
彼はそんなつもりで話したわけじゃないんだろうが、僕は人より脳細胞の繋がりがちょっと変だったんじゃないかと思って。
この世界よりはるか彼方の違う星の方が、適性がきっとあるんだ。バカな過信と君は思っているだろう。適材適所って言葉があるね。僕は普通が苦しかった。普通になることに憧れた。憧れている時点で雲の上の存在だ。デイヴィッドバーンみたいにそれらを達観できるほどの境地にも達していない。いやあ、ほんと彼はすごいな。もっと彼のことを語りたかったんだけど、そしたら僕がどんどん理想の普通な僕からかけ離れていくのが怖くてね。僕なんかまだまだこうやって僕、僕、僕のことで頭がいっぱいなのに。
だから僕はまだまだ臆病で未熟だからさ、宇宙の違う星で修行をすることにしたんだ。
向こうの『普通』は僕に馴染むかはまだ分からないけど、とりあえずやってみるよ。
──最後に、君はぼくの人生を彩ってくれた親友であり人生の恩人だ。心からありがとう」
それから何年も経ち、彼はこの世界に一度も帰ってくることはなかった。数ヶ月に一度、思いの丈をつらつら綴った手紙が届く。
「宇宙の調子はどうだい」と尋ねると、二ヶ月後に「結構キツイけど、肩の力は抜けてふわふわ泳げるのは気持ちが良いなあ」と返ってきた。
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